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化学の基礎 – 酸塩基反応から有機化合物まで

投稿日:2019年3月6日 更新日:

ワールド/WGN社やHeka社、Xfinity社の製品・サービス・ソリューションは運動科学・運動生理学・遺伝子学・生化学・生体科学・生物学など広範な学問に基づく非常に高度なものとなっています。そこで正しい商品知識を理解するために化学一般の基礎に関連するものとして、酸塩基反応や酸化還元反応などの各種化学反応、イオン・電子・原子の振る舞い、イオン・共有・配位・金属結合などの物質の化学結合の様子、また重要な有機化合物として、飽和・不飽和・脂環式・芳香族・複素環式炭化水素、炭化水素の構造を示す様々な命名法などについて解説しています。高校化学の授業程度の内容ですので、理解できる範囲で飛ばし読みされればと思います。

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化学反応について

化学反応は1つ以上の化学物質がそれらを構成する原子の原子核が変化することなく別の1つ以上の化学物質へと変化する現象が起こり、原子の原子核自体が変化する原子核反応とは大きく異なる反応です。化学反応はある物質がに溶けるだけでも起こり、反応前の物質を構成する原子や分子らが結合されたり、もしくは結合が切断されたり、あるいは電子を放出したり、もしくは電子を取り込んだり、あるいは相転移(固体⇄気体・液体や液体⇄気体への相の変化)するような現象が見られます。
最も起こり易い化学反応の一つとして酸や塩基の中和反応が挙げられます。かつての義務教育レベルの化学では水溶液における化学反応を水素イオンH+水酸化物イオンOHにより説明するものとして定義(「アレニウスの定義」と呼ばれます。)されていましたが、現在では水溶液に限定しない一般の化学反応における電子対の授受により定義(「ルイスの定義」と呼ばれます。)付けられています(高等学校以上の化学)。

水溶液中の酸と塩基
義務教育では、水H2Oにある溶質を溶かした水溶液にリトマス試験紙を浸して赤色に変色するとその水溶液は酸性であるといい、青色に変色するとその水溶液はアルカリ性であるいうことを習ったことは覚えているでしょう。水などの溶媒に溶質を溶かすことを溶質を溶解するといい、酸性、アルカリ性の水溶液を作った溶質をそれぞれ酸【英】acid、塩基【英】baseといいます。したがってアルカリ性は塩基性とも呼ばれます。酸性も塩基性も示さないものを中性であるといい、はその代表的なものです。
酸の代表的なものとしては塩酸HCl、硫酸H2SO4、硝酸HNO3、酢酸CH3COOHなどがあり、塩基の代表的なものとしては水酸化ナトリウムNaOH、水酸化カリウムKOH、アンモニアNH3が挙げられます。酸性と塩基性は逆の性質(たとえば酸は鉄Feと反応して水素分子H2を発生しますが塩基はこのような反応はしません。)を持ち、その性質は相対的なものであるため、ある物質に対しては酸性として振る舞うが別の物質に対しては塩基性として振る舞う現象も見られます。たとえば中性の水H2Oは塩酸HClに対して塩基として振る舞いますがアンモニアNH3に対しては酸として振る舞います。

塩基として振る舞う水: H2O+HCl ⇄ H3O++Cl
酸として振る舞う水: H2O+NH3 ⇄ OH+NH4+

水の話
ここでちょっと水の話をします。水分子H2Oは1個の酸素原子と2個の水素原子が後述の共有結合という方法で結合しており、これも後述のイオン結合した分子ではないため基本的には陽イオンと陰イオンに電離しません。陽イオンカチオン(気相では正イオンとも)、陰イオンアニオン(気相では負イオンとも)呼ばれます。しかし実際には水分子同士が衝突したり紫外線や放射線を被曝するなどして僅かにイオン化するものがあります。

H2O+H2O⇄H3O++OH

H3O+ヒドロニウムイオンと呼ばれ一方の水分子から水素1原子を受け取った陽イオンで、他方の水分子は水素1原子を失った水酸化物イオンOHという陰イオンです。陽イオンと陰イオンとの数は同じであるため水は中性のままです。簡単のためヒドロニウムイオンH3O+水素イオンH+(化学では特に軽水素イオン1H+が陽子1個で形成されることからプロトンと呼ばれることがありますが、物理学では陽子自体を意味するため文脈に留意する必要があります。原子核を構成する中性子の数が異なる同位体である重水素イオン2H+デューテロン三重水素イオン3H+トリトンです。同位体に依らず水素イオンH+を呼ぶ場合にはヒドロンと呼ばれます。)で置換されることが多く行われています。先の式の左辺と右辺の間の「⇄」記号はこれらの反応は右方向にも左方向にも進むことが可能でありそれらの反応の頻度が釣り合った状態にあることを示し、これを「平衡」状態にあるといいます。電離する水分子の量は極めて少なく約5.6億個に1個の割合で起こっているに過ぎません。もう一度水分子に戻りますが、酸素と水素の電気陰性度(原子核が電子を引き付ける力で強い物質ではフッ素F、酸素O、窒素Nなどがあり、最も弱い物質は水素Hです。)は酸素の方が大きいため下図で「:」記号で示す共有電子対は酸素に近づいて酸素は負に帯電し、水素からは離れるため水素は正に帯電しますが、水素分子や酸素分子など同じ原子同士の分子では電気陰性度は同一であるため共有電子対はちょうど中間に位置するので水分子のような偏りは生じません。水、水素、酸素各分子の電子図は次のように示されます。

H :O: H  H:H   O:O

水分子のような共有電子対の配置に偏りが生じるものを極性分子あるいは極性を有するといい、水素分子や酸素分子のように偏りを生じないものを無極性分子といいます。原子の共有結合とイオン結合は「原子の化学結合」で説明しています。さて、水溶液中の酸と塩基の話に戻りましょう。

酸性の水溶液と塩基性の水溶液を混和すると酸塩基反応という化学反応が生じて酸性と塩基性は弱められ中間的な性質に変化すると同時にある物質が生成されます。適切な量を混和すると酸性も塩基性も示さない中性となり、これを中和反応と呼びます。この中和反応の結果である化学結合により生じた物質をといいます。

塩酸HCl+水酸化ナトリウムNaOH→塩化ナトリウムNaCl+水H2O

塩化ナトリウムNaClである食塩を水に溶解するとNa+イオンとClイオンに電離するため塩化ナトリウムは電解質、その水溶液は電解液と呼ばれます。砂糖など溶解してもイオンに電離しない物質は非電解質と呼ばれます。強酸と強塩基からなる塩を水に溶解させた場合、酸成分・塩基成分は完全に電離し、陽イオンも陰イオンも、それ以上加水分解されることなく完全に中和されます。主な強酸としては塩化水素HCl、臭化水素HBr、ヨウ化水素HI、硝酸HNO3、硫酸H2SO4、過塩素酸HClO4などが挙げられ、主な強塩基としては水酸化カリウムKOH、水酸化ナトリウムNaOH、水酸化バリウムBa(OH)2、水酸化カルシウムCa(OH)2などが挙げられます。塩は中和反応以外の方法によっても生成されます。

反応の種類 反応物質   生成物質
中和反応:酸+塩基 塩酸HCl+水酸化ナトリウムNaOH 塩化ナトリウムNaCl+水H2O
酸+塩基性酸化物 塩酸2HCl+酸化ナトリウムNa2O 塩化ナトリウム2NaCl+水H2O
酸+金属単体 硫酸H2SO4+亜鉛Zn 硫酸亜鉛ZnSO4+水H2O
塩基+酸性酸化物 水酸化ナトリウム2NaOH+
二酸化炭素CO2
炭酸ナトリウムNa2CO3+水H2O
塩基+非金属単体 水酸化ナトリウム2NaOH+塩素Cl2 塩化ナトリウムNaCl+
次亜塩素酸ナトリウムNaClO+水H2O
酸性酸化物+塩基性酸化物 二酸化炭素CO2+酸化ナトリウムNa2O 炭酸ナトリウムNa2CO3
非金属単体+金属単体 塩素Cl2+銅Cu 塩化銅(II)CuCl2

表1. 塩の生成

水溶液の酸性度または塩基性度を示す有名な尺度として水素イオン指数(pH)があり、室温でpH7のとき中性、7よりも小さいと酸性、大きいと塩基性となります。義務教育課程で採用されている水溶液中で水素イオンH+を生じる物質を酸、水酸化物イオンOHを生じる物質を塩基とするアレニウスの定義から、水素イオンであるプロトンH+を他の物質に渡す物質すなわちプロトン供与体を酸、プロトンを他の物質から受け取る物質すなわちプロトン受容体を塩基とするブレンステッド・ローリーの定義を経て、電子対受容体を酸、電子対供与体を塩基とするルイスの定義に至っています。

原子の構造
原子が中心の原子核とその周囲の軌道を周回する電子で構成されていることはご存知でしょう。化学結合は原子の中で正の電荷を持つ質量の大きな原子核が別の原子の中の最も外側の軌道の負の電荷を持つ軽い電子を電磁気力(「クーロン力」)によって引き付けることで行われます。電子の軌道(「原子軌道」)は最も内側のエネルギー準位の低いK殻から外側に向けてよりエネルギー準位の高い殻が続いており、それぞれの電子殻はいくつかの小軌道と呼ばれる軌道がまとまって構成されます。
小軌道も最も内側のs軌道のエネルギー準位が最も低く、外側ほどエネルギー準位は高くなります。それぞれの電子殻、小軌道、収まる電子の数は決まっていますが、各電子殻上で32を超える電子を持つ原子は現在まで発見されていません。実際には原子軌道の半径は定数で示すことはできず、ある瞬間に当該電子が当該位置に存在する確率として示されるに過ぎず、このため原子の電子群は電子雲とも呼ばれます。電子の位置は特定できませんがエネルギー準位は電子の位置の確率、質量および周回速度などに基づいて厳密に計算することができます。最外周軌道上のある電子が紫外線や放射線の被曝などでエネルギーを受けて外側の軌道に移動することをその電子または原子は励起しているといい、不安定な状態になります。励起した電子は光子を放射するなどしてエネルギーを発散して元の安定した状態となる軌道に戻ります。

主量子数n 殻名称 小軌道構成 最大収容電子数 発見済最大電子数
1 K 1s 2n2=2 2
2 L 2s+2p 2n2=8 8
3 M 3s+3p+3d 2n2=18 18
4 N 4s+4p+4d+4f 2n2=32 32
5 O 5s+5p+5d+5f+5g 2n2=50 32
6 P 6s+6p+6d+6f+6g+6h 2n2=72 18
7 Q 7s+7p+7d+7f+7g+7h+7i 2n2=98 8
8 R 8s+8p+8d+8f+8g+8h+8i+8j 2n2=128 未発見

表2. 電子殻の最大収容電子数理論値(赤文字は未発見

方位量子数n 小軌道 最大収容電子数
0 s軌道 2*(2n+1)=2
1 p軌道 2*(2n+1)=6
2 d軌道 2*(2n+1)=10
3 f軌道 2*(2n+1)=14
4 g軌道 2*(2n+1)=18

表3. 小軌道の最大収容電子数理論値

電子殻がKから始まるのはK殻発見当時はその内側に別な殻が存在すると考えられており、AからJまでの10個のアルファベットを予約したためです。結局K殻の内側の殻は発見されませんでした。小軌道のアルファベットは順にsharp、principal、diffuse、fundamentalの頭文字でf以降はアルファベット順となります。

ちなみに最後に発見された元素は元素名オガネソン、元素記号Og、原子番号は発見された元素では最大の118の合成元素で2002年にロシア連邦ドゥブナ合同原子核研究所でロシアとアメリカの合同チームにより初めて合成され、2015年12月、国際純正・応用化学連合(IUPAC)と国際純正・応用物理学連合(IUPAP)の合同作業部会により承認され、2016年11月28日に正式に命名されました。オガネソンはO殻からQ殻7p小軌道までにそれぞれ32個、18個、8個の電子を持っています。
オガネソンの次の原子番号119以降の物質において次に電子が配置されるのは構造原理と呼ばれる理論により8s、5g、6f、7d、8p…の順になります。陽子数が137を超えるとボーアの電子模型において1s軌道の電子の周回速度が光速を超えること、またディラック方程式によると基底状態のエネルギーが虚数になることからノーベル物理学賞を受賞した物理学者リチャード・ファインマンは原子番号137のウントリセプチウムが最後の元素である可能性を指摘しています。

原子のそれぞれの殻や小軌道は自ら交差することはなく、また理論上の軌道半径が離散的であることから「量子化」されているといいます。最も外側の軌道にある電子を「最外殻電子原子価電子または単に価電子)」と呼びます。最外殻には有限個の電子を収めることができ、当該電子殻に最大数の電子が収まっている場合は「閉殻」状態であると呼ばれ、最も安定した状態、すなわち最もエネルギーが低い状態となります。換言すれば不安定な原子、分子、イオンは高エネルギー状態であるといえます。不安定状態をもたらす高いエネルギーは光を放射するなどして発散されて安定した低エネルギー状態に遷移することになりますから、原子団は安定化を目指しているといえます。

原子の化学結合
原子が化学結合する場合、それぞれの原子が相手の原子の電子を引きつける度合い(この尺度を「電気陰性度」と呼びます。)に大きな差があれば、電気陰性度の小さい原子Aの電子は電気陰性度の大きな原子Bに完全に移動してしまい、A+イオンとBイオンが強い電磁気力で結合した状態となりこれをイオン結合と呼び、金属元素と非金属元素の結合で見られます。電気陰性度が同程度であるとそれぞれの原子は相手原子の1個の電子、都合2個の電子を共有して結合することとなります。これを共有結合と呼び、非金属元素間の結合で見られます。このときの共有された1対(2個)の電子を共有電子対といい、異なる原子間の共有結合における共有電子対は質量の大きい方の原子に引き付けられ、これを極性分子と呼ぶことは「水の話」でも説明したとおりです。特に共有結合によりそれぞれの原子が閉殻状態になる場合には、共有結合の力は非常に強いものとなり、この強さを表す尺度である「結合解離エネルギー」は共有結合状態にある原子を切り離すために必要なエネルギー量を指します。
水素分子H2は2個の水素原子それぞれが自ら有する電子を1個づつ提供しあって1組の電子対を共有したものであり、共有によりそれぞれの原子は閉殻となり安定します。このとき、ルイス構造式(または単に電子式)と呼ばれる化学式の特殊な形式では、水素分子をH:H、水素原子をH·と表記します。Hを水素の原子核(水素イオンH+)、:と·(コロンとドット)を電子と考えると解り易いでしょう。
原子番号が大きくなるに連れて原子価電子も増えていくのですが、電子は順に最も内側の殻の最も内側の小軌道に収まっていきます。最外殻の、内側に電子が満たされていない小軌道がない小軌道において最大収容電子数の半数を超えない間は電子は不対電子として配置され、半数を超えると、次からはすでに配置されている電子と対を成して電子対を作っていきます。原子番号8の酸素原子はK殻に2個の電子が1組の電子対として配置され、最大収容電子数8のL殻のs軌道にまず2個の電子が収まって電子対を作り、残り4個の電子のうち3個までが不対電子としてp軌道に配置されると残り1個の電子はp軌道で電子対を作るように配置されます。酸素原子のL殻には1組の非共有電子対孤立電子対)と2個の不対電子から構成されます。不対電子を持つ原子、分子、イオンをフリーラジカルと呼びます。
酸素分子O2は共有結合によって結合していますが、閉殻とはなっていないため更に他の原子などと共有結合する余地が残っています。また結合する一方の原子だけから2個の電子すなわち1組の電子対の供与を受けて共有結合する場合もあり、これを配位結合と呼びますが、このときの電子対供与体を塩基とし、電子対受容体を酸としてルイスは定義したことは前述のとおりです。アンモニアイオンNH4+はアンモニアNH3の窒素原子から2個の電子すなわち1組の電子対の供与を受けて水素イオンH+と共有結合(配位結合)したものです。原子番号7の窒素はL殻に5個の電子を持ち、3個の水素原子と配位結合して1組の孤立電子対を持つアンモニアNH3を生じます。アンモニアは孤立電子対を水素イオンH+に供与してアンモニアイオンとなります。その電子式は下記のとおりです。アンモニア・水素共有結合1組の共有電子対からのみの共有結合を単結合といい、2組、3組、…、n組の共有電子対を持つ共有結合をそれぞれ二重結合三重結合、…、n重結合といい、n重結合の結合次数はnであるといいます。酸素分子O2は実は二重結合(構造式O=O、電子式O::O)です。また3個以上の原子による電子の共有を伴う共有結合では電子は非局在化しているといわれます。原子の結合についてイオン結合と共有結合について述べましたが、もう一つ水素結合というものがあります。たとえば、「水の話」の説明のとおり、水分子は極性分子であり水分子を構成する2組の孤立電子対を持つ酸素原子は負に帯電しており、水素は正に帯電しています。そのため水分子同士の間の距離が十分に近い場合にはある水分子の2組の孤立電子対それぞれが各1個の別の水分子の水素を引き付けると同時に2個の水素原子がそれぞれ別の水分子の酸素の孤立電子対に引き付けられて、5個の水分子からなる四面体構造を連続的に形成します。このような共有結合している電気陰性度の低い水素が別の電気陰性度の高いフッ素F、酸素O、窒素N、分子、原子団を引き付ける状態を水素結合といいます。水素結合は異なる分子間で生じることも単一の分子内で生じることもありますが、結合力はイオン結合や共有結合より遥かに弱いものです。

酸は有機酸と無機酸に分類することができます。有機酸は有機化合物の酸の総称であり、炭酸H2CO3、ギ酸CH2O2、酢酸CH3COOH、クエン酸C(OH)(CH2COOH)2COOH、シュウ酸HOOC-COOHなどがあって、無機酸の対義語でもあります。無機酸と比較して、ギ酸や酢酸CH3COOHのような分子量の小さな分子は水中でも容易に解離します(「親水性がある」といいます。)が、安息香酸C6H5COOHのような分子量の大きな分子は水中でほとんど解離せず、一方、液体状アルコール、石油のような有機溶媒に対しては容易に解離することが特徴(「疎水性である」または「溶脂性である」といいます。)です。
ほとんどの有機酸はカルボキシ基-COOHを持つカルボン酸(一般式R-COOH、Rは一価の官能基いわゆる「アルキル基」)です。分子は相互に共有結合された部分構造からなり、この部分構造を形成する原子団を(group/radical)といいます。複数の化合物を系統的に分類するために共通する構造を母体化合物とし、異なる部分を置換基と呼びます。特性基はその特性基と結合した結果の化合物に特性基固有の特徴を与えるものです。官能基は単一または複数の特性基の組み合わせで構成され、物質固有の化学的属性(物性)や化学反応性を与えるものです。

高校化学などでも一般的にR-置換基のように使用される記号Rは、「基」の独語である「rest(英語ではradical)」の頭文字ですが、近年は他の原子団と結合している基はsubstituteやgroupと呼ばれることが一般化したためラジカル(radical)という場合は他の原子団と結合していない遊離基フリーラジカル)を指すと考えて差し支えありません。

無機酸は鉱酸とも呼ばれ、無機化合物の化学反応で得られる酸をいい、例えば、塩酸HCl(金属と容易に反応)、硝酸HNO3、リン酸H3PO4、硫酸H2SO4、ホウ酸H3BO3、フッ化水素酸HF(金属と容易に反応)などがあります。有機酸と比較して水中で容易に電離して解離することが特徴であり、また有機酸の対義語でもあります。
また酸素を含むか否かによる分類もあります。オキソ酸はオキシ酸、酸素酸とも呼ばれる酸をいい、無機酸では硫酸H2SO4、硝酸HNO3、リン酸H3PO4などが、有機酸では重要なものとしてカルボン酸R-COOHがあります。中心原子に結合する原子がすべて酸素Oであり、酸素の一部または全部に水素Hが付いてヒドロキシ基-OH(水酸基)となり、溶媒中で水素が解離して酸の性質を示します。水素酸は酸素Oを持たない酸をいい、塩酸HCl、ヨウ化水素酸HI、硫化水素酸H2Sなどがあります。
酸や塩基と反応する酸・塩基以外の物質として金属・非金属・酸化物が挙げられます(表1.「塩の生成」参照)。合金ではない単体元素の金属は水銀を除き常温では固体で存在し、融点以上の温度で液相を示します。極めて良好な熱・電気の伝導性を有することが金属の特徴であるといえます。水溶液中ではアンチモンSbを除きカチオンとも呼ばれる陽イオンである金属イオン+となります。周期表でホウ素B、ケイ素Si、ヒ素As、テルルTe、アスタチンAt(これらは半金属と呼ばれます。)を結ぶ斜線より左側に位置する元素が金属元素に当たります。異なる金属間の混合物である合金やある種の非金属(炭素など)を含むもの(炭素を含む鉄鋼など)で金属様性質を示すものも金属に含みます。
固体の金属原子の結合は金属結合と呼ばれ、電子はイオン結合や共有結合のように特定の結合や原子核に捕われることなく金属物質中を自由に移動しており(この性質により金属中の電子は「自由電子」とも呼ばれます。)、これが金属の良好な電気・熱伝導性の理由です。固体金属は単位立法体の各頂点に8個と各面の中心に6個の計14個の原子を有する面心立方格子構造(fcc)、単位立法体の各頂点に8個と中心に1個の計9個の原子を有する体心立方格子構造(bcc)、単位正六角柱の各頂点に12個と上面・底面それぞれの中心に2個と六角柱内部の高さ1/2のところに3個の計17個の原子を有する六方最密充填構造(hcp)のいずれかの構造を取っていますが、アモルファスと呼ばれる合金は規則的な格子を作らずガラスのような非晶性を見せます。主に熱を加えることで固体のまま格子構造が変化することがありこれを相変態と呼びます。大方の金属は低温時にfccやhcp構造を取り固有の温度(変態温度)でbcc構造へ変態しますが、純鉄は911°C以下の温度領域ではbcc構造(α-鉄、フェライトとも呼ばれます。)を取りますが912°Cを超えるとfcc構造(γ-鉄)へ変態し、更に加熱すると1400°Cでもう一度bcc構造(δ-鉄)へ変態します。これにはフェライトの強磁性が関与するともいわれています。
非金属は金属以外の元素となりますが、性質的に反応性非金属には水素H、炭素C、窒素N、酸素O、フッ素F、リンP、イオウS、塩素Cl、臭素Br(、セレンSe)、ヨウ素I(、半金属アスタチンAt)があり反応性のない単原子貴ガスnoble gas(希ガス、かつては稀ガスrare gasとも)にはヘリウムHe、ネオンNe、アルゴンAr、クリプトンKr、クセノンXe、ラドンRnがあります。固体多原子非金属には炭素C、リンP、イオウS、セレンSeがあり、二原子非金属には水素ガスH2、窒素ガスN2、酸素ガスO2、フッ素ガスF2、塩素ガスCl2、液体臭素Br2、固体ヨウ素I2(、半金属固体アスタチンAt2)があります。ハロゲンにはフッ素ガスF2、塩素ガスCl2、液体臭素Br2、固体ヨウ素I2(、半金属固体アスタチンAt2)、テネシンがありますが、このうちフッ素、塩素、臭素、ヨウ素は性質がよく似ており、周期表第1列のアルカリ金属や周期表第2列のアルカリ土類金属と典型的な塩を形成します。これらの任意の元素を表すため化学式中ではしばしば-Xと表記されます。またハロゲン単体をX2と表すことも多くあります。

テネシンは、2010年4月に発見され、2015年に承認され2016年11月に名称が公式承認された原子番号117の合成元素で元素として数10から数100ミリ秒程度持続しますが、今でも不明点が多い元素です。

表1.「塩の生成」のとおり金属単体は酸および非金属単体と化学反応して塩を生成し、非金属単体は塩基および金属単体と化学反応して塩を生成します。酸化物は酸性酸化物、塩基性酸化物、両性酸化物に分類することができます。非金属の酸化物のうち塩基と化学反応するものと水と化学反応してオキソ酸になるものを酸性酸化物といい、二酸化炭素CO2、二酸化ケイ素SiO2、十酸化四リンP4O10、三酸化イオウSO3などが挙げられます。一酸化炭素COや一酸化窒素NOのような水に溶けにくい気体は酸性酸化物には分類されません。酸性酸化物である二酸化ケイ素SiO2と塩基である水酸化ナトリウムNaOHが化学反応(脱水縮合)するとケイ酸ナトリウムNa2SiO3が得られます。

SiO2+2NaOH→Na2SiO3+H2O

酸性酸化物である二酸化炭素と水が化学反応(イオン結合)するとオキソ酸である炭酸が合成されますが、実際はCO2のまま水に溶け込んでいる(溶解)ものがほとんどです。炭酸飲料を開栓するとしきりに発泡するとおりです。

CO2+H2O→H2CO3

対して金属の酸化物のうち酸と反応するものを塩基性酸化物といい、酸化ナトリウムNa2O、酸化カルシウムCaO、酸化マグネシウムMgOなどが挙げられます。塩基性酸化物である酸化カルシウムCaOと塩酸HClが化学反応(脱水縮合)すると塩化カルシウムCaCl2と水が生成されます。

CaO+2HCl→CaCl2+H2O

塩基性酸化物である酸化カルシウムCaOが水と化学反応(イオン結合)すると水酸化カルシウムCa(OH)2が合成されます。

CaO+H2O→Ca(OH)2

一方、金属の酸化物のうち酸とも塩基とも化学反応するものを両性酸化物といい、両性元素であるアルミニウムAl、亜鉛Zn、スズSn、鉛Pbの酸化物である酸化アルミニウム(アルミナ)Al2O3、酸化亜鉛ZnO、酸化スズSnO、酸化鉛PbOが挙げられます。両性酸化物である酸化亜鉛ZnOと塩酸HClが化学反応(脱水縮合)すると塩化亜鉛ZnCl2と水が合成されます。

ZnO+2HCl→ZnCl2+H2O

両性酸化物である酸化亜鉛ZnOと水が化学反応(溶解)すると水酸化亜鉛Zn(OH)2が合成されます。

ZnO+H2O→Zn(OH)2

両性酸化物と塩基を化学反応させると錯イオンが生成されます。錯イオンとは陽イオン(カチオン)の金属イオン+に分子や陰イオン(アニオン)が配位結合したイオンをいいます。配位結合とは一方の原子だけから電子対の供与を受けて共有結合することをいいました。電子対供与体を塩基、電子対受容体を酸とするのがルイスの定義でしたね。水溶液中で亜鉛イオンZn2+とアンモニアNH34分子が化学反応(配位結合)するとテトラアンミン亜鉛(II)イオン[Zn(NH3)4]2+が生成されます。

Zn2++4NH3→[Zn(NH3)4]2+
テトラアンミン亜鉛(II)

錯イオンを形成する分子やアニオンを配位子といい、その数を配位数といいます。錯イオンの名前の先頭には配位数としてギリシャ語の数詞を付けます。1-モノ、2-ジ、3-トリ、4-テトラ、5-ペンタ、6-ヘキサ、…と続きます。配位子名はNH3ならアンミン、OHはヒドロキソ、CNはシアニド、S2O32-はビスとします。ヒドロキソとシアニドは名前の最後に酸が付きます。したがって[Zn(NH3)4]2+は配位数を4、配位子をNH3、価数は2価ですのでテトラアンミン亜鉛(II)イオンとなります。錯イオンを形成する金属イオンには銀Ag+、銅Cu2+、亜鉛Zn2+、アルミニウムAl3+、鉄Fe2+、鉄Fe3+などがあります。

酸化還元反応
重要な化学反応に酸化還元反応があります。反応物から生成物が生じる過程において原子やイオンあるいは化合物との間で電子の授受がある反応をいいます。酸化還元反応ではある物質の酸化反応と別の反応物質の還元反応が同時並行して進行します。したがって単に「酸化反応」あるいは「還元反応」としてのみ言及されている場合でもいずれも「酸化還元反応」と呼ばれるべき反応です。酸化される物質は電子を放出し、還元される物質は電子を受け取る反応に分けて記述されます。酸と塩基の定義である酸が電子対を受容し、塩基が電子対を供与するという関係に似ているので勘違いしないようにしましょう。
酸化と呼ぶからには酸素が関与していそうです。事実、雨ざらしの鉄が錆びるのは水を構成する酸素で鉄が酸化されて酸化鉄になるからです。もともと酸化・還元とは金属と酸素との化学反応を呼ぶものでした。金属銅は空気中の酸素と徐々に化学反応し、褐色の酸化銅(II)CuOに変化します。

2Cu+O2→2CuO

酸化銅を高温で炭素と化学反応させると酸素が奪われて元の金属銅に戻ります。

2CuO+C→2Cu+CO2

銅から見れば前者は酸化反応に当たり、後者は還元反応に当たります。酸素は酸化剤で炭素は還元剤です。一方で酸素分子の立場から見ると前者では酸化銅(II)に含まれる酸化物イオンO2-となり電子を受け取って還元され、後者は電子を金属銅に返すので酸化されたことになります。酸化銅(II)は還元剤で炭素は酸化剤です。また後者を炭素の立場から見ると炭素は酸素と結合して(すなわち酸化されて)二酸化炭素になるのですが、このとき酸化銅(II)は酸化剤として働いていることになります。
現代では酸素原子の授受に限らず、酸化還元反応を物質間の電子の授受と考えることが広く用いられています。酸素が関与しない酸化還元反応では、「酸化還元電位」という物質固有の係数に従うイオン化傾向の差によって自発的に金属が析出する反応があります。

Cu2++Zn→Cu+Zn2+

これも酸化還元反応であり、銅イオン水溶液に金属亜鉛を加えると金属亜鉛は電子を失って(酸化されて)亜鉛イオンに変化し、銅イオンは電子を受け取って(還元されて)金属銅に変化し水溶液中で析出します。他にも酸素も金属も関与しない化学反応で電子の授受を伴う反応は多数存在しており、これらの化学反応は現在では酸化還元反応として理解されています。
酸化還元反応において電子が授受される方向は酸化剤として作用する物質の酸化力、あるいは還元剤として作用する物質の還元力の大小に従います。それは相対的なものであり、酸化剤自体は酸化反応後還元された状態になりますが、それに対してより強い酸化剤を作用させるとまた酸化されます。金属イオンの場合は、酸化力(あるいは還元力)の序列がイオン化傾向として定性的に知られています。ただし金属イオンに対する配位子の有無、溶液の水素イオン指数、合金形成の有無などによってイオン化傾向は逆転することもあります。種々の酸化還元電位は便覧などと呼ばれ表として関連資料に添付・掲載されていますが、ここでは触れません。

その他の化学反応として、加水分解反応は反応物が水に反応し分解生成物が得られる反応をいい、水解ともいいます。化合物ABが分子内に存在する電気的な偏りである極性を有する場合、極性を有する水と反応する加水分解では以下の分解生成物が生じます。逆の反応は脱水縮合といいます。

AB+H2O→A-OH+B-H+

付加脱離反応は付加反応と脱離反応とが連続して進行する反応であり、縮合反応とも呼ばれます。特に水分子が脱離する場合を脱水縮合と呼びます。脱水反応は分子内または分子間から水分子が脱離が進行する化学反応で、分子間脱水は加熱や脱水剤との反応により水が脱離するもので、たとえばカルボン酸R-COOHとアルコールR’-OHを酸などの触媒下で混合して加熱すると分子間で水分子H2OとエステルR-COO-R’が生成されます。

カルボン酸R-COOH+アルコールR’-OH─→エステルR-COO-R’+水H2O

これは化学反応としては付加脱離反応の脱水縮合反応に分類されますが、形式的には脱水反応でもあります。分子内脱水はアルコールR’-OHなどヒドロキシ基を持つ化合物、たとえばエタノールCH3CH2-OHに濃硫酸H2SO4などの脱水剤を加え、加熱すると1分子の水H2Oが脱離して二重結合を1個だけ持つ最も単純なアルケン(二重結合を持たない単結合だけからなるものをアルカンといいエチレンのアルカンはエタンCH3-CH3です。)である慣用名エチレン(IUPAC名エテン)CH2=CH2が生じる反応です。

エタノールCH3CH2-OH─濃硫酸→エチレンCH2=CH2+水H2O

水和反応は、強酸性の水溶液中で行われるアルケンの二重結合をした炭素にそれぞれヒドロキシ基COOHと水素イオン(プロトン)H+が付加する反応です。アルケンとは化学式CnH2n(n≧2)で表される炭素原子間の二重結合を一つ持つ有機化合物であり不飽和炭化水素の一種です。
接触分解とは一般的には触媒の作用によって生じる分解反応をいいクラッキングとも呼ばれます。アルカンをクラッキングすることでアルケンが生成されます。
重合反応は、重合体(「ポリマー」)を合成することを目的とする一群の化学反応の総称です。連鎖重合にはそれぞれラジカル重合、カチオン重合、アニオン重合、配位重合に分類される付加重合開環重合とがあり、また連鎖縮合重合があります。逐次重合には重縮合、重付加、付加縮合があります。

有機化合物について

炭化水素に基づく有機化合物は下表4. 「有機化合物の分類」に見るように構造の量的多様性および官能基などの置換基による質的多様性が相まって無限ともいえる膨大な多様性を持ちます。また歴史的背景から一酸化炭素、二酸化炭素、炭酸塩、青酸、シアン酸塩、チオシアン酸塩などの単純な化合物は例外的に有機化合物には含まれず、無機化合物に分類されます。
有機化合物は、炭素を含む化合物で、炭素原子が共有結合で結び付いた骨格を持ち、分子同士や高分子内の離れた部分に働く電磁気学的な力である分子間力によって集まった液体や固体となっており、沸点や融点が低いものが多い物質です。炭素原子水素原子だけからなる有機化合物の総称である炭化水素(最も単純な構造を持つものはメタンCH4で、石炭、石油、天然ガス、メタンハイドレートなどの形態で自然界に広く存在します。)では単結合のみで構成される飽和炭化水素と二重結合や三重結合などの多重結合も含んで構成される不飽和炭化水素と芳香族性を有する芳香族炭化水素(最も単純な構造を持つものはベンゼンC6H6です。)があります。有機化合物の分類は、骨格構造による分類と官能基による分類が一般的です。

有機化合物の分類
骨格構造による分類 鎖式化合物(または非環式化合物) 鎖式化合物(分岐のある鎖式化合物で脂肪族化合物を含む)
直鎖化合物(分岐のない鎖式化合物、単に脂肪族化合物ともいう)
環式化合物 炭素環式化合物 脂環式化合物(環式脂肪族化合物)
芳香族化合物(脂肪族化合物を含まず)
複素環式化合物(ヘテロ元素含む) 複素脂環式化合物(複素環式脂肪族化合物)
複素芳香族化合物(脂肪族化合物を含まず)
官能基による分類 炭化水素 飽和炭化水素 鎖式飽和炭化水素(アルカン等パラフィン類)
環式飽和炭化水素(シクロアルカン)
不飽和炭化水素 鎖式不飽和炭化水素(アルケン・アルキン等オレフィン類)
環式不飽和炭化水素(シクロアルケン・シクロアルキン)
芳香族炭化水素
酸素を含む有機化合物 アルコール・フェノール R-OH(Rはアルキル基)
アルデヒド R-CHO
ケトン R-CO-R’
カルボン酸 R-COOH など
窒素を含む有機化合物 アミン N-RR’R”
ニトリル R-CN など
酸素窒素を含む有機化合物 アミド R-CON-R’R”
ニトロ化合物 R-NO2 など
酸素・窒素以外のヘテロ元素を含む有機化合物 ハロゲン化物 X-Cl, X-Br
スルホン酸 R-SO3H
有機金属化合物など(炭素・金属を持つ)

表4. 有機化合物の分類

表4. 「有機化合物の分類」のヘテロ元素(後で複素環と共に詳述)とは、炭素と結合・置換する、炭素・水素以外の酸素、窒素、イオウなどの元素を指します。また、「骨格構造による分類」と「官能基による分類」とは相乗的なものであり、たとえば後者の炭化水素の構成要素のそれぞれについて前者の構造のいずれかが適用されることになります。骨格構造とは、有機化合物を炭化水素を拡張したものと捉え、有機化合物の部分構造を表現する炭化水素の構造を炭素骨格と呼び表しています。
有機化合物には炭化水素相同の炭素骨格に基づく分子構造により分類され、大きくは鎖式環式があり、鎖式では分岐のある鎖式と分岐のない直鎖式があり、環式では炭素環式複素環式があり、炭素環式は脂肪族化合物を含む脂環式化合物と脂肪族化合物を含まない芳香族化合物があり、複素環式は共にヘテロ元素を含む複素脂環式化合物複素芳香族化合物があります。有機化合物の名称は化合物の基礎となる炭化水素の構造も示しておりその命名法に触れずに有機化学を理解することはできません。

炭化水素の命名法
有機化合物や炭化水素の名称はIUPAC(国際純正・応用化学連合)という組織の内部組織である命名法委員会が定めたIUPAC命名法・規則に基づいています。(本稿は、”Nomenclature of organic chemistry : IUPAC recommendations and preferred names”のいくつかのバージョンに準拠しています。)有機酸の説明で登場した母体化合物(IUPAC規則では「基礎成分」)と置換基(IUPAC規則では「付随成分」)について、IUPAC規則では接頭辞表現(後述)された付随成分を基礎成分に付加することで命名します。以下、各種の有機化合物についてそれぞれの内容と命名法について説明します。

鎖式炭化水素
母体化合物は隣り合った炭素原子が共有電子対1組による結合(単結合)だけからなる分岐のない直鎖化合物であるalkaneアルカン、二重結合を一つだけ持つ不飽和炭化水素alkeneアルケン(一般式CnH2n(n≧2)、慣用名「オレフィン」)、三重結合を一つだけ持つ不飽和炭化水素alkyneアルキン(一般式CnH2n-2、広義には環式も含め一般に「アセチレン」とも呼ばれます。)および二重結合と三重結合の両方を一つずつ持つ不飽和炭化水素alkenyneアルケンインがあります。分岐のないアルカンなどをn-アルカンと表す場合があり、nはノルマルと読みます。

鎖式炭化水素
●アルカン: 炭素鎖がすべて単結合である飽和炭化水素
●アルケン: 炭素鎖が二重結合を一つだけ持つ不飽和炭化水素
●アルキン: 炭素鎖が三重結合を一つだけ持つ不飽和炭化水素

炭化水素の置換命名法

炭化水素命名法

図1.炭化水素の置換命名法

このうち一般式CnH2n+2で表される飽和炭化水素であり、別名メタン系炭化水素パラフィン系炭化水素または脂肪族化合物とも呼ばれ、炭素数が20を超えるものはパラフィン(「石蝋」)とも呼ばれるアルカンについて見ると、上図1のとおり炭素数を示す語幹-alk-と語尾-aneからなり、この語尾-aneを-a(-a)n(d-)e(nd)、すなわち-a-and-endとする超解釈では-aを単結合のみからなるという意味、nをandの短縮形と見なしてnの左右両方の意味を持つという意味、末尾のeを構成元素は炭素および水素のみからなり官能基を持たないという意味の-endの短縮形と解釈します。
アルカンは炭素数に従って下表5のような名称を持っています。炭素数5以上のアルカンは古代ギリシャ語の数詞に-aneを付加した構成になっています。これらの名称は系統名(ブタンまでは旧来の慣用名)と呼ばれ、別にメタン、エタン、プロパンといった旧来の慣用名を持つものも多く存在します。

炭素数 系統名(ブタンまでは慣用名) 炭素数 系統名
1 methane メタン 11 undecane ウンデカン
2 ethane エタン 12 dodecane ドデカン
3 propane プロパン 13 tridecane トリデカン
4 butane ブタン 14 tetradecane テトラデカン
5 pentane ペンタン 15 pentadecane ペンタデカン
6 hexane ヘキサン 20 icosane イコサン
7 heptane ヘプタン 21 henicosane ヘンイコサン
8 octane オクタン 22 docosane ドコサン
9 nonane ノナン 30 triacontane トリアコンタン
10 decane デカン 40 tetracontane テトラコンタン

表5. アルカンの慣用名と系統名

IUPAC規則の基官能命名法(「官能種類命名法」とも呼ばれます。)では、たとえば炭化水素の水素原子をヒドロキシ基-OHで置き換えたR-OHの総称alcoholアルコールについて、alcoholを基礎成分とし、炭素数1のアルカンであるmethaneメタンのアルキル基であるmethaneの-aneを-ylで置換したmethylメチル基CH3を付随成分とするものはmethyl alcoholメチルアルコール、炭素数2のエタンのアルキル基であるethylエチル基C2H5を付随成分とするものはethyl alcoholエチルアルコールと命名されます。alcoholやmethyl、ethylなどは独立した名称なので英文で組み合わる際、必ずスペースで繋ぐことで1語・ワンワードにはしません。ethylalcoholは誤りです。

IUPACの置換命名法では接頭辞表現された付随成分を語幹と語尾からなる基礎成分に付加することで命名します。図1. 「炭化水素の置換命名法」の「接尾辞とすべき主要な官能基」とは、alkaneアルカンの末尾の-eを官能基を示す-ol(ヒドロキシ基-OH)、-al(アルデヒド基-CHO)、-one(ケトン基>C=O)などの主基と置換するものです。主基とは語尾に組み込むべき官能基をいい、接頭辞表現される置換基と総じて特性基と呼ばれます。たとえば炭素数2のアルカンであるethaneエタンの末端の水素1個がヒドロキシ基-OHと置き換わると語尾の-eが-olに置換されてethanolエタノールになります。エタノールは基官能命名法のethyl alcoholエチルアルコールと等価の別名です。炭素数4のbutaneブタンにヒドロキシ基-OHが結合すると-eが-olに置換されてbutanolブタノールになります。IUPACは、この図に記載された官能基は基官能命名法に優先して語尾に組み込むことを強く推奨しています。

分岐のある鎖式化合物は、主鎖といくつかの側鎖からなります。主鎖は母体化合物(基礎成分)であり、a主基となる特性基を最も多く含み、b不飽和結合があれば、それを最も多く含んで最長になるように選び、1位は、c)主基、不飽和結合の位置番号が若くなり、d)接頭辞の置換基数が最多で位置番号が若くなるように決定します。側鎖は分岐する炭素の水素原子を置換基と置き換え、分岐炭素と結合する炭素を1位とします。分岐炭素の位置番号と置換基名をハイフン「-」で繋ぎ主鎖である化合物名の先頭に付加します。置換基が複数ある場合はアルファベット順に1語として繋ぎます。複雑な側鎖は側鎖基名を丸カッコ「()」に含めてハイフンで主鎖と繋ぎます。
       1  2  3    4  5    6   7  8
下図は、主鎖CH3CH2CH2-C-CH-CH2CH2CH3の4位から側鎖CH3CH2エチル基が、4、5位からそれぞれ側鎖CH3メチル基が分岐した4-エチル-4,5-ジメチルオクタンの構造図です。

4エチル45ジメチルオクタン

主鎖は必ずしも直線として表記されてはいないことに注意してください。化合物名の置換基の順番はethylとdimethylではなくmethylで比較し、アルファベット順で若いエチル基ethylが前になります。
下図左は主鎖の条件(a)の例、右は(b)の例です。左は主鎖の1、4位に主基であるヒドロキシ基を2個含む1,4ペンタンジオールの3位から側鎖の3位に塩素Clが結合した3-クロロプロピルが分岐しており側鎖を丸カッコ「()」に入れて命名します。右は主基であるヒドロキシ基を2個、二重結合を3個、三重結合を1個含む炭素数11である炭素鎖を主鎖とし、ヒドロキシ基を1個、二重結合を1個含む炭素数7である炭素鎖を側鎖とします。主鎖の二重結合は2、4、9位から始まり、三重結合は7位から始まるので、2,4,9-ウンデカトリエン-7-イン-1,11-ジオールとなり、側鎖は主鎖の6位の炭素から分岐し、側鎖のヒドロキシ基は接頭辞で表し、二重結合は2位から始まるので側鎖は6-(5-ヒドロキシ-2-ヘプテニル)となります。

鎖式化合物2題

左は3-(3-クロロプロピル)-1,4-ペンタンジオール、右は6-(5-ヒドロキシ-2-ヘプテニル)-2,4,9-ウンデカトリエン-7-イン-1,11-ジオール

alkylアルキル基はアルカンから水素原子を1個除いたもので、水素を外した炭素原子の位置番号を1位とします。たとえば最も単純な炭化水素であるmethaneメタンCH4から水素原子を1個除くとmethylメチル基-CH3になります。同様にアルケン、アルキンから水素原子を1個除いたものをそれぞれalkenylアルケニル基、alkynylアルキニル基といいます。炭化水素から水素原子1個または2個以上を除いた炭化水素基も炭化水素から水素原子を1個除いたものを含みますが多重結合や環式構造の有無を問いません。アルキル基やアルケニル基、アルキニル基などは炭化水素基の一種といえます。
置換命名法の説明で登場したブタノール、構造式
 4  3  2  1
CH3CH2CH2CH2(OH)は実は1位の炭素に結合している1個の水素をヒドロキシ基と置換したもので正しい名前は1-ブタノールとしなければなりませんでした。(OH)は直ぐ左側の1位の炭素から-OHが分岐していることを示しています。ヒドロキシ基はブタンの2位の炭素からも分岐でき、この場合2-ブタノールCH3CH2CH(OH)CH3となります。炭素数5のペンタン(下図上段左)がメチル基-CH3と結合する場合は2位と3位の炭素の水素を置換しますので生成された化合物はそれぞれ2-メチルペンタン(下図上段中)、3-メチルペンタン(下図上段右)となります。下図上段右の構造式はメチル基を-Meとする表記法です。

ペンタン

逆にペンタンが水素を1個脱離してアルキル基を生じる場合は両端のメチル基のいずれか一方から、2位の炭素からまたは3位の炭素から脱離する場合があり得ます(上図下段)。両端のメチル基のいずれかから外すときにはpentaneの-aneを-ylに置換した旧名称pentylペンチル(上図下段左、新名称ペンタン-1-イル)となりますが、右から2番目の炭素から脱離するときにはその炭素を1位とするアルキル基であるbutaneの-aneを-ylに置換したbutylブチル基からさらに水素原子が1個脱離したものを主鎖として1位の炭素から分岐するmethylメチル基-CH3を側鎖とする旧名称1-メチルブチル(上図下段中、新名称ペンタン-2-イル)になり、右から3番目の炭素から脱離するときにはその炭素を1位とするアルキル基であるpropaneの-aneを-ylに置換したpropylプロピル基からさらに水素原子が1個脱離したものを主鎖として1位の炭素から分岐するethaneの-aneを-ylに置換したethylエチル基を側鎖とする旧名称1-エチルプロピル(上図下段右、新名称ペンタン-3-イル)になります。ところで1993年のIUPAC補足では位置番号を語尾-ylの直前に置く方法が強く推奨されていますのでここでは新名称も合わせて示しています。アルキル基にも多くの慣用名が認められており[旧系統名](新名称)と合わせていくつか挙げておきます。

CH3CH3
CH3
CH3─C─
CH3H
CH3CH3
CH3
CH3─C─CH2
CH3H
イソプロピル
[1-メチルエチル]
(プロパン-2-イル)
イソブチル
[2-メチルプロピル]

CH3CH2
CH3
CH3CH2
CH3CH2CH─
CH3CH3
CH3
CH3─C─
CH3
CH3CH3
s-ブチル
[1-メチルプロピル]
(ブタン-2-イル)
t-ブチル
[1,1-ジメチルエチル]

CH3
CH3
CH3
CH3─C─CH2CH2
CH3H
CH3CH3
CH3
CH3─C─CH2
CH3
CH3CH3
イソペンチル
[3-メチルブチル]
ネオペンチル
[2,2-ジメチルプロピル]
CH3CH2CH3
CH3CH2
CH3CH2─C─
CH3CH2
CH3CH2CH3
CH3CH3
CH3
CH3─C─CH2CH2CH2
CH3H
t-ペンチル
[1,1-ジメチルプロピル]
イソヘキシル
[4-メチルペンチル]

炭素について、1個の炭素に直接結合している炭素数が2個のものと3個のものをそれぞれ第二級または二級、第三級または三級と呼び、イタリック体でs-またはsec-(読みは「セカンダリー」)、t-またはtert-(読みは「ターシャリー」)と表す場合があります。ちなみに1個だけのものをいうとするとprimaryです。1個の炭素原子は最大3個までの炭素間結合しかできないため第四級は存在しません。アルキル基については1位の炭素について該当する場合にIUPACでは非推奨ではありますが慣用的に使用が認められています。

分岐のある鎖式化合物に戻ります。炭素数6のヘキサン、示性式CH3(CH2)4CH3は2個のメチル基が2位と4位のCH2の炭素原子から分岐します。同じ置換基が2個分岐する場合は置換基名の先頭にdi-(ジ)を付加します。以後順にtri-, tetra-, … と続きます。この場合、ヘキサンから2個のメチル基が分岐して2,4-ジメチルヘキサンC1H3C2H(CH3)C3H2C4H(CH3)C5H2C6H3が生成されます。赤文字の上付添字は炭素の番号を示すために便宜上付けたもので、正式な化学式の表記法ではありません。

アルカンの語尾を-eneと入れ替える、超解釈では語尾の-aを二重結合が一つだけ存在することを意味する-eと入れ替えるとalkeneアルケンを表します。2個以上の二重結合があるときはalkadieneアルカジエン, alkatrieneアルカトリエン, … とします。語尾の-eは二重結合の後が炭素および水素のみであることを示します。二重結合が始まる炭素の位置番号を語頭か語尾直前に付けますが語尾直前が推奨されています。位置番号はなるべく番号が小さくなるように付けます。炭素原子を4個持ちH2C1=C2H-C3H2-C4H3で表される化合物は1位の炭素から二重結合が始まるのでブタ-1-エン(旧1-ブテン)となり、ブタ-2-エン(旧2-ブテン)は2位の炭素から二重結合が始まるH3C1HC2=C3HC4H3です。C1H3C2H=C3HC4H=C5HC6H2C7H3で表されるアルカジエンは炭素原子を7個持ち、2位と4位の炭素から二重結合が始まるので、ヘプタ-2,4-ジエン(旧2,4-ヘプタジエン)となります。

アルカンの語尾を-yneと入れ替える、超解釈では語尾の-aを三重結合が一つだけ存在することを意味する-yと入れ替えるとalkyneアルキンを表します。複数の三重結合がある場合は二重結合と同様です。語尾の-eは三重結合の後が炭素および水素のみであることを示します。三重結合が始まる炭素の位置番号を二重結合と同様に語頭か語尾の直前に付けますが、この扱い方も二重結合に準じます。

アルカンの語尾を-enyneと入れ替える、超解釈では語尾の-aを二重結合が一つだけ存在することを意味する-eと三重結合が一つだけ存在することを意味する-yとnの左右の意味を持つものを意味する-enyと二重結合の外側と三重結合の外側が炭素および水素のみとなる場合には語尾に-neを付加してalkenyneアルケンインを表します。二重結合と三重結合が始まる炭素の位置番号を二重結合を先にして語尾直前に付加します。CH3CH=C3HC2≡C1Hで表される化合物は炭素原子を5個持つペンテンインであって、右から見て1位の炭素から三重結合が、3位の炭素から二重結合が始まるので3-ペンテン-1-インとなります。C1H3C2H=C3HC4≡C5C6H3で表される化合物は炭素原子を6個持つヘキセンインであって、今度は左から見て2位の炭素から二重結合が、4位の炭素から三重結合が始まるので2-ヘキセン-4-インとなります。

分岐のあるアルケンやアルキンの主鎖の決定基準や置換基が分岐する場合の命名法は前述の分岐のある鎖式化合物に準じます。置換基がアルケニル基やアルキニル基である場合も命名法は分岐のある鎖式化合物に準じます。

鎖式炭化水素で構造異性体が存在する場合などでは指示的炭素位置番号をハイフンで繋いで付加する
●n-R+主鎖: nはR(アルキル基)が結合した炭素の位置番号
●n1,n2-diR+主鎖: n1,n2は同じRが結合した炭素の位置番号
●n-アルカン: nは分岐する側鎖が結合した炭素の位置番号で任意
●alk-n-yl: nは水素が脱離する炭素の位置番号で必ずn=1
●alk-n-ene、n1,n2-diene: n,n1,n2は二重結合が始まる炭素の位置番号
●alk-n-yne、n1,n2-diyne: n,n1,n2は三重結合が始まる炭素の位置番号
●alk-n1-ene-n2-yne: n1は二重結合が、n2は三重結合が始まる炭素の位置番号
●n-R-n’-R’+主鎖: 複数の置換基がある場合アルファベット順で若い方を先に示す

環式炭化水素
環式のアルカンのうち環を一つだけ有するものは接頭辞にcyclo-が与えてcycloalkaneシクロアルカンとします。シクロアルカンは単一の環から成っているので単環と呼ばれることもあります。シクロアルカンを構成する各炭素には両隣の炭素の他それぞれ2個の水素が結合しています。

単環 系統名(cyclobutaneまで慣用名) 単環 系統名
三員環 cyclopropane シクロプロパン 八員環 cyclooctane シクロオクタン
四員環 cyclobutane シクロブタン 九員環 cyclononane シクロノナン
五員環 cyclopentane シクロペンタン 十員環 cyclodecane シクロデカン
六員環 cyclohexane シクロヘキサン 十一員環 cycloundecane シクロウンデカン
七員環 cycloheptane シクロヘプタン 十二員環 cyclododecane シクロドデカン

表6. シクロアルカンの系統名

ニ環を有する炭化水素はbicycro-が与えられてbicycroalkaneビシクロアルカン、三環式炭化水素はtricycro-が与えられてtricycroalkaneトリシクロアルカンなどとします。環式化合物の環を構成する炭素などの原子の数を環員数といい、環員数がnである環をn員環といいます。シクロアルカンに不飽和結合が一つしかなく(すなわちシクロアルケンまたはシクロアルキンであり)分岐しない場合や不飽和結合がなく分岐が一つしかない場合には位置番号を考慮する必要はありません。下記の構造図は炭素骨格と呼ばれる分子構造を模式的に示したモデルで、線の折れた箇所には炭素原子が1個存在しかつ各炭素原子に結合する1個または2個の水素原子が存在しますがそれらを省略して表したものです。

シクロアルカン左からシクロヘキサンメチルシクロヘキサンビシクロ[4.4.0]デカン1-エチル-3-メチルシクロヘキサン

六員環では上図のシクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ビシクロ[4.4.0]デカン(位置番号、命名法は後の架橋炭化水素で詳述)がこれに当たります。シクロアルカンで分岐が複数ある場合には、分岐のあるアルカン同様アルファベット順で若い置換基を先に記述し、他の分岐点の位置番号も若くなるように向きを決定します。上図右の場合、ethylがmethylよりもアルファベット順で若いので先になっています。不飽和結合と置換基が少なくとも一つ以上ある場合には置換基の位置番号がなるべく若くなるように多重結合が始まる一方の炭素を1位とします。多重結合が終わる炭素は必ず2位となります。同様に4-メチルシクロヘキセン(下図右)のように置換基が結合する炭素の位置番号をハイフン「-」で置換基名と繋ぎ先頭に付加します。置換基の位置番号を若くするために二重結合の下の炭素を1位として左回りに配しています。不飽和結合している炭素は必ず1、2位となるため不飽和結合の位置を示す必要はありません。

シクロヘキセン

左はIUPAC名シクロヘキセン[系統名シクロヘキサ-1-エン]、右はIUPAC名4-メチルシクロヘキセン[系統名4-メチルシクロヘキサ-1-エン]

単環 IUPAC名 単環 IUPAC名
三員環 cyclopropene シクロプロペン 八員環 cyclooctene シクロオクテン
四員環 cyclobutene シクロブテン 九員環 cyclononene シクロノネン
五員環 cyclopentene シクロペンテン 十員環 cyclodecene シクロデセン
六員環 cyclohexene シクロヘキセン 十一員環 cycloundecene シクロウンデセン
七員環 cycloheptene シクロヘプテン 十二員環 cyclododecene シクロドデセン

表7. シクロアルケンの系統名

架橋化合物
環式化合物の一つ以上離れた骨格原子間に橋を架けたような構造を持つ化合物を架橋化合物といい、その命名はIUPACのvon Baeyer命名法に従います。水素以外の3個以上の骨格原子と結合している環系内の任意の原子を「橋頭」といい、少なくとも2個は存在します。「」は2個の橋頭を結ぶ0個(橋頭原子を除く)以上の原子からなる分岐のない鎖です。分岐があれば一方の分岐先は分岐点の原子を橋頭とする別の橋として扱います。橋頭のうちいずれかの2個を「主橋頭」とすると主橋頭はいずれも、一方の橋頭から開始し他方の橋頭を経由して始めの橋頭へ至る最も多くの原子を含む「主環」に含まれ、また主環とは重なり合いのない少なくとも1本以上の橋「主橋」で結ばれます。主橋に選択肢がある場合には、できるだけ主環を対称的に分割できるものを選択しますが例外もあります。「二次橋」は主環や主橋に含まれない橋をいい、「独立二次橋」はその両橋頭が共に主環か主橋に含まれる最も多くの原子を含むように架けられた橋であり、「従属二次橋」はその橋頭の少なくとも1個が独立二次橋に含まれるなるべく最多の原子を含むように架けられた橋でかつ位置番号がなるべく小さくなるように他の橋の経路を決定します。下図以下太線は主環、赤線は独立二次橋、青線は従属二次橋です。下図右は1,7位を橋頭としていますが、主環の分割の対称性が左のvon Baeyer記述子の1,2位が[4.3. …]であるのに対し[5.2. …]と劣っているため誤りです。

左は正しく命名されたトリシクロ[4.3.1.12,5]ウンデカン、右は誤った位置番号とそれに基づく誤った命名のトリシクロ[5.2.1.12,6]ウンデカンです。
位置番号は橋頭原子の一方を1位とし、他方の橋頭を経由して始めの橋頭へ至るまでの間に順に番号を付けますが、両主橋頭間の原子数が多い方の位置番号が小さくなるように番号付けの向きを決めます。主橋に橋頭以外の原子がある場合には1位の橋頭の次の原子から番号を続けます。二次橋がある場合には、独立二次橋から先に橋頭から続けてできるだけ多くの原子に番号を付け、最後に従属二次橋に番号を付けます。同じ位置番号から複数の橋が架かっている場合には他方の橋頭原子の位置番号が大きな橋から番号を付け、両橋頭共に同じ位置番号であれば長い橋から先に番号を付けます。下図右は主環の原子数は左と同じですが従属二次橋が生じているため誤りです。

テトラシクロ[5.3.2.1^2,4.0^3,6]トリデカン左は正しく命名されたテトラシクロ[5.3.2.12,4.03,6]トリデカン、右は誤った位置番号とそれに基づく誤った命名のテトラシクロ[5.3.2.14,6.02,13]トリデカンです。
架橋化合物は、「環数接頭辞」+「von Baeyer記述子」+「総原子数に相当するアルカン名」として命名します。環数はbi-系数詞にcycloを付加します。二環系ではビシクロ、三環系ではトリシクロとなります。「von Baeyer記述子」は、主環を構成する二つの橋と主橋、独立二次橋、従属二次橋すべてを構成する原子数から両橋頭数に当たる2を引いた数をそれぞれの橋種ごとに大きい順でピリオド「.」で区切って並べ、二次橋は両橋頭を小さい順でコンマ「,」で区切った上付添字で原子数に添えた数字群を角カッコ「[]」で囲んだものです。同種の二次橋で原子数が同じ場合は上付添字が小さい方を先にします。ニ重結合の位置番号はできるだけ小さくし、語尾の直前に置きます(-n-エン、-n1,n2-ジエンなど)。

二環式架橋炭化水素左からビシクロ[2.1.0]ペンタンビシクロ[3.2.1]オクタンビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン

ビシクロ[2.1.0]ペンタンの橋頭炭素は1、4位で左四角形の2、3位の炭素数2、右三角形の5位の炭素数1、1、4位を結ぶ橋の炭素数0なので[2.1.0]となります。ビシクロ[3.2.1]オクタンの橋頭炭素は1、5位で右六角形の2、3、4位の炭素数3、左五角形の6、7位の炭素数2、1、5位を結ぶ橋の炭素数1なので[3.2.1]となります。ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エンの橋頭炭素は1、4位で二重結合の開始番号が最小になるよう左回りとし、左五角形の炭素数2、右五角形の炭素数2、中央折れ線の炭素数1、二重結合の開始番号2ですからこれを語尾の直前においたものです。下図左も1、8位を橋頭炭素とするニ環式架橋炭化水素で、二重結合が二つあり、最初の二重結合の終了位置が不連続なため開始位置番号に丸カッコで囲んだ終了位置番号を添え1(8)として示しますが、次の二重結合は連番なので終了位置を示す必要はありません。

三環式架橋炭化水素左は二環式架橋炭化水素であるビシクロ[6.3.0]ウンデカ-1(8),9-ジエン、右は三環式架橋炭化水素であるトリシクロ[3.2.1.02,7]オクタンです。トリシクロ[4.1.0.14,7]オクタンは誤りです。
上図右のトリシクロ[3.2.1.02,7]オクタンは1、5位を橋頭炭素(主環の構成橋および主橋のうち最長橋と次長橋の差は3-2=1)とし、右六角形の炭素数3、左五角形2、中央折れ線1とし、位置番号2、7を結ぶ二次橋である直線の炭素数を0、その上付き添字2,7です。現図の2、7位を主橋頭とすると最長橋と次長橋の差が4-1=3と大きくなるため誤りです。

架橋命名: bi-系環数接頭辞+von Baeyer記述子+総原子数相当炭化水素名
●von Baeyer記述子[n1.n2.n3.n4i,j]は架橋化合物の各橋の原子数から両橋頭原子数2を減じた数で必ずn1≧n2≧n3≧n40、またi,jは二次橋橋頭位置番号で必ずi<j(位置番号は若い順)
●ニ重結合の開始と終了位置が不連続の場合、開始位置に続けて丸カッコに終了位置を入れて示し、ハイフンで囲った位置番号を語尾の直前に置く

スピロ環化合物
同一炭素を二環が共有するほかその他に結合のない化合物をスピロ環化合物といい、炭化水素の場合、全炭素数に相当する系統名の前にスピロspiro-を付け、スピロ原子で繋がる環の環員数からスピロ原子数1を減じた数をピリオド「.」を挟んで角カッコ「[]」に環が小さな順で示します。これもvon Baeyer記述子の一種です。1位は最小環のスピロ原子の隣の原子です。環が同一である場合はスピロの後にビシクロ-、トリシクロ-と続け、スピロ原子を含む単環名を付けます。下図のスピロビシクロペンタンがその例です。

スピロ炭化水素左はスピロ[3.4]オクタン、右はスピロビシクロペンタン

スピロ環化合物命名:スピロ+[n1.n2]+総原子数相当炭化水素名(またはスピロビシクロアルカン)
●von Baeyer記述子[n
1.n2]はスピロ環の各構成環の環員数からスピロ原子数1を減じた数で必ずn1≦n2(架橋炭化水素と逆)
●スピロビシクロアルカンではスピロ原子数を減じる意味はない

芳香族炭化水素
最も単純な芳香族炭化水素であるbenzeneベンゼンC6H6は炭素原子が同一平面上で正六角形の「ベンゼン環」と呼ばれる六員環を作っており、下の構造式で示されます。

ベンゼン左から順に炭素原子と水素原子を記述した構造式、原子の記述を省略した構造式、炭素間結合の共鳴を表現したロビンソン式と呼ばれる構造式ですべて等価です。共鳴とは単結合と二重結合が交互に連続する共役二重結合(「共役ジエン」ともいい、共役の読みは「きょうやく」です。)の隣り合う炭素の電子がσ結合による単結合により共有された上で残った電子がsp2混成軌道上で弱い共有結合を行う電子(π電子)を持つ原子が環状に並んだ構造を持つ不飽和環状化合物に現れ、π電子系に含まれる電子の数が4n+2 (n=0, 1, 2, 3, …)、すなわち2, 6(ベンゼン), 10, 14, … 個であるものです。

原子の構造」と「原子の化学結合」の項では原子の原子核の周りには電子が周回する小軌道から構成される電子殻があり、最もエネルギー準位の低いK殻は最大2個の電子を収容できるs軌道のみを持ち、L殻以上の外側の電子殻は最もエネルギー準位の低い内側からs軌道(2個の電子を収容)、p軌道(6個の電子を収容)と続いていることを説明しました。
この説明では電子が原子核の周りを回る軌道角運動量とは別に電子がスピン角運動量と呼ばれる磁気モーメントを発生させる上向き下向きのいずれかの運動をしていることは省いていました。共有電子対を作る電子はそれぞれ異なるスピンを持つもの同士に限られます。またp軌道は次元の異なるpx軌道、py軌道、pz軌道から構成されておりそれぞれには同じスピンの電子が1個ずつ収められていき、更に電子が余っている場合には逆向きのスピンで収まっていきます。混成軌道ではs軌道とp軌道のいずれかの次元の軌道が同じエネルギー順位をとって他の原子や分子と結合します。下記の「エネルギー図」では垂直軸にエネルギー準位、水平軸に電子軌道の原子核からの量子化された距離、短い上向き矢印は上向きスピンの電子、下向き矢印は下向きスピンの電子を表しています。

sp混成軌道

図2. sp混成軌道

上図はsp混成軌道の形成の様子を表したグラフで左から右へと進行します。主に三重結合を一つまたは二重結合を二つ持つ分子で見られます。三重結合を一つ持つ分子にはアセチレンHC≡CHがあり、二重結合を二つ持つ分子には二酸化炭素O=C=Oがあります。三重結合の場合、L殻の2s軌道の電子1個が2pz軌道に移動し(上図左と中)、2s軌道のエネルギー準位が上がり、2px軌道の順位が下がります(上図右)ので混成前とエネルギー準位の差はありません。三重結合は一つのσ結合と二つのπ結合からなり、二つの二重結合の場合はそれぞれ一つのσ結合と一つのπ結合からなります。sp混成軌道を形成する分子は直線構造を取ります。

sp2混成軌道

図3. sp2混成軌道

上図はsp2混成軌道の形成の様子です。主に二重結合を一つ持つエチレンCH2=CH2などの分子で見られます。L殻の2s軌道の電子1個が2pz軌道に移動して2s軌道のエネルギー準位が上がり、2px軌道と2py軌道の順位が下がり混成前よりもエネルギー準位が1軌道分下がり安定化しています。二重結合は一つのσ結合と一つのπ結合からなっています。sp2混成軌道を形成する分子は正三角形の平面構造を取ります。

sp3混成軌道

図3. sp3混成軌道

上図はsp3混成軌道の形成の様子で、単結合のみで4つのσ結合により構成されるメタンなどの分子で見られます。L殻の2s軌道の電子1個が2pz軌道に移動して2s軌道のエネルギー準位が上がり、2px、2pyおよび2pz軌道の準位が下がり混成前よりもエネルギー準位が2軌道分下がり最も安定化します。sp3混成軌道を形成する分子は正四面体の立体構造を取ります。芳香族炭化水素に戻りましょう。

先の炭素間結合が共役二重結合をしており、sp2混成軌道上のπ電子系に含まれる電子の数が4n+2 (n=0, 1, 2, 3, …)、すなわち2, 6, 10, 14, … 個であるという性質を芳香族性と呼び、この共役不飽和環構造を芳香環と呼びます。芳香族性にはもう一つ分子が必ず平面構造であるという条件があります。π電子の数が4n+2であっても平面構造ではないものは非芳香族化合物です。特にπ電子の数が4nで環状平面構造を有するものは反芳香族化合物と呼ばれる非常に不安定な物質です。分子構造にベンゼン環を有するものは必ず芳香族化合物ですが、ベンゼン環を有さない芳香族化合物も存在します。芳香環上のπ電子は非局在化し、すべての炭素原子に完全に均等に分布しています。非局在化したπ電子は特定の場所に存在しておらず全体として分子上に雲のように拡がっていると考えます。芳香族炭化水素の名称はベンゼンをはじめとして慣用名が多く使われています。

キシレン左から(o/m/p-)xyleneo-キシレンm-キシレンp-キシレン

ベンゼン環に同じ置換基が二つ結合する場合、二つ目の置換基の位置は番号ではなく一つ目の置換基に対してすぐ隣をオルト位(o-)、一つ空けて離れた位置をメタ位(m-)、二つ空けて離れた位置をパラ位(p-)として示すことがあります。示性式C6H4(CH3)2キシレンには3種類の構造異性体であるo-キシレン(1,2-ジメチルベンゼン)、m-キシレン(1,3-ジメチルベンゼン)、p-キシレン(1,4-ジメチルベンゼン)が存在しており上図左は3種類の構造異性体の混合物として、右側の3種類はそれぞれの異性体を特定して示しています。単純な芳香族炭化水素をいくつか挙げておきます。

トルエンなど左からトルエンメンチレンクメンスチレン

ベンゼンをはじめここまで図示した芳香族炭化水素は単一の環で成る単環です。

縮合多環炭化水素
芳香族に限らず環同士が辺を接するようにして2個以上の炭素原子を共有して結合することを縮合といい、縮合構造を持つ芳香族炭化水素を縮合多環芳香族炭化水素または多環芳香族炭化水素といいます。芳香族に限らず多環炭化水素の構造式を描画する場合は、縮合環の原子に正しい位置番号を割り振る必要上、最多数の環を水平に置いたときを基準として他の環の最多数が右上象限に配置されるように向け、このような向きが二つ以上ある場合には、左下象限の環数が少なくなるようにします。基準とする環群の中心を通る水平および垂直線を引くと判断が容易になります。

環の並びと位置番号

図5. 縮合環を描画するときの配置規則

上図の上段左はpyreneピレンの構造式(二重結合の描画は省略)ですが、左の構造式を回転した右側二つは右上象限の環数が左の構造式より少ないため誤りとなります。多環炭化水素の原子の位置番号は上図上段左のように右上象限の環の中で縮合に関与していない元素を1位とし、右回りに番号を配しますが、2個以上の環に共有される炭素には番号を配さず、番号を配する必要がある場合は直前の番号にa、b、cなどを添えます。これらの位置番号を周辺位置番号と呼びます。縮合環内部の原子には周辺位置番号の最大のものに続けて右回りにa、b、cなどを添えます。上図の10b、10cがそれらに当たります。上図の10b、10cの原子は3つの環に共有されておりこれらの環は他の二環にオルトペリ縮合(または単にペリ縮合)しているといいます。下段左の2種類は正しい並びですが、右は右から2番目の実線で示した五員環の描き方が誤っており正しくは点線のとおりです。下段左の2種類の分子は、それぞれ隣り合う環同士と2個の原子を共有しておりこれらの環は他の環にオルト縮合しているといいます。
ところで単環同士がオルト縮合している様子は、先のニ環式架橋炭化水素の様子に似ており、実際同じ化合物であっても命名法により異なる名称が使われことも多くあります。

縮合環

左は1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、中はアゼピンピリミジン、右は2,3,4,6,7,8,9,10-オクタヒドロピリミド[1,2-a]アゼピン

上図左はニ環式架橋炭化水素として位置番号を配して命名しています。中は基礎成分アゼピンに付随成分ピリミジンが窒素Nを共有して縮合する様子で右は縮合の結果である新しい位置番号とそれに従った命名法です。10a位以外の二重結合がなくなっていますがこれは水素化された結果で後で詳述します。5位の窒素に番号が与えられているのはヘテロ環についての約束でこれも後で詳述します。

基礎成分の優先順位
縮合成分のどれを基礎成分とするかは、以下の条件を順次適用して最も優位なものを選びます。残った縮合成分は付随成分となりますが順次以下の条件を適用してすべての成分を順位付けます。
a) 次の準位N>F>Cl>Br>I>O>S>Se>Te>P>As>Sb>Bi>Si>Ge>Sn>Pb>B>Hgで最も上位のヘテロ原子を含む成分を優先します。以下はその例です。ヘテロ原子については後で詳述します。

条件aの例

左からNを含むピリジン > Oを含むキサンテン > Sを含むチオフェン > Pを含むホスホールで、この組み合わせではピリジンは必ず基礎成分となり、ホスホールは必ず付随成分となります。
b) 同じヘテロ原子を含む場合は環数の多さが多い成分を優先します。以下はその例です。

条件bの例

左から三環のアクリジン > ニ環のプリン > 単環のピロールで、すべて等しくNを有するため環数が基礎成分を決定します。プリンのようにNの個数はここでは考慮されません。
c) ここまでで決定しない場合は構成環の大きさを大きな順に比較して最初に異なる点で大きな成分。

ピランとフラン

左はOを含む六員環のピラン > 右はこれもOを含む五員環のフランです。

アズレンとナフタレン左は最大環七員環を持つアズレンで右は最大環六員環のナフタレンです。
d) ここまでで決定しない場合は種類によらずヘテロ原子の数が多い成分。

オキサジンとピリジン左はヘテロ原子を2個持つオキサジン、右は1個持つピリジンです。

ジオキソールとフラン左はOを2個持つジオキソール、右は1個持つフランです。
e) ここまでで決定しない場合はヘテロ原子または元素の種類の多さが多い成分。

オキサゾールとイミダゾール左はO、Nの2種類を持つオキサゾール、右はNのみを持つイミダゾールです。
f) まだ決定しない場合次の準位F>Cl>Br>I>O>S>Se>Te>N>P>As>Sb>Bi>Si>Ge>Sn>Pb>B>Hg(窒素Nの準位に注意)でより上位のヘテロ原子を多く含む成分。

オキサゾールとチアゾール左はO、Nを持つオキサゾール > 右はS、Nを持つチアゾールです。OがSよりも優先順位が高くなっています。
g) 向きの優先順位が上位の成分、CAS規則では「最もlinearな構造を持つ環系」とされています。

アントラセンとフェナントレンとフェナレン左からアントラセンフェナントレンフェナレンです。それぞれ三環の中心線が中央で180度、120度、60度の角度を成しています。
h) ヘテロ原子の位置番号がより小さな成分。

ピリダジンとピリミジンとピラジン左からNを1,2位に持つピリダジン、1,3位に持つピリミジン、1,4位に持つピラジンです。

キノリンとイソキノリンとキノリジン左からNを1位に持つキノリン、2位に持つイソキノリン、5位に持つキノリジンです。
i) 次の準位F>Cl>Br>I>O>S>Se>Te>N>P>As>Sb>Bi>Si>Ge>Sn>Pb>B>Hg(窒素Nの準位に注意)でより上位のヘテロ原子の位置番号が小さな成分

1,2,3-オキサチアジンと1,3,2-オキサチアジン左はSが2位の1,2,3-オキサチアジン、右はSが3位の1,3,2-オキサチアジンです。
j)複数環に共有された縮合炭素原子の位置番号がより小さな成分。

アセアントリレンとアセフェナントレンとフルオランテン左から最大位置番号が10bのアセアントリレンと最大位置番号が10c、4番目に大きな位置番号が6aのアセフェナントレンと6bのフルオランテンです。

なお位置番号付け規則には例外があって、それはアントラセンフェナントレンです。
アントラセンとフェナントレン左は標準の5位が10位となっているアントラセン、右は標準の1位が5位となっているフェナントレンです。

位置番号付け規則例外の化合物であってもこれらを成分として合成された物質には改めて先の番号付け規則が適用されます。下図は基礎成分である規則例外のアントラセンに付随成分ベンゼンがオルト縮合してベンゾ[a]アントラセンが合成される様子ですが、基礎成分の1位と2位を結ぶ結合をイタリック体のa、以下2~3位間をb、3~4位間をc … と続けるか、または逆向きに1位と最終順位を結ぶ結合をa、最終順位とその直前順位間をb … と続けます。この向きの逆順は必要な指示アルファベットが若くなるように選定します。縮合位置は角カッコ「[]」に含めて指示します。接頭辞表現された付随成分+縮合位置+基礎成分として命名します。付随成分benzeneベンゼンの接頭辞表現はbenzoベンゾですが基礎成分がa、i、u、e、oおよびy、いわゆる母音で始まる場合は接頭辞末の母音oが削除されbenzベンゾとなります(和名発音/表記は変更されません)。縮合位置は順目で[a]ですので合成された物質名はbenz[a]anthracene、ベンゾ[a]アントラセンになります。基礎成分は下記の表9. 「基礎成分として認められている35種の縮合多環炭化水素」からできるだけ番号が大きい複雑なものを選ぶようIUPACにより規定されているためこのアントラセンにベンゼンが縮合する例では12番のフェナントレンではなく13番のアントラセンを選んでいます。

ベンゾ[a]アントラセン

下図はフェナントレンに2個のベンゼンが縮合する様子です。アントラセンに1個のナフタレンが縮合しても良さそうですが、付随成分はできるだけ単純なものを選ぶように規定されているため2個のベンゼン、接頭辞表現dibenzo-ジベンゾとして、基礎成分の規定に準じて12番のフェナントレンを選択しています。複数の箇所で縮合する場合にはその位置のアルファベットを「,」(コンマ)で繋いで成分名はジベンンゾ[b,g]フェナントレンとなります。

ジベンゾ[b_g]フェナントレン

上で見るとおり複雑な基礎成分を選ぶという要件よりも単純な付随成分を選ぶという要件が優先されることになります。下図はピレンにベンゼンがオルトペリ縮合する様子ですがピレンのcおよびdと縮合していますので角カッコ内に区切り記号は付けずに[cd]と連続して縮合場所を指示します。基礎成分e位とベンゼンの二重結合が集積するのを避けるため基礎成分位置番号5位(新しい位置番号6位)の炭素を水素化して二重結合を単結合に変換し、それを示す指示水素の位置番号をイタリック体のH-を添えて化合物名の初めに付けて成分名は6H-ベンゾ[cd]ピレンとなります。構造式中ではH2でもHでも更にはCH2でもCHでも構いません。

6H-ベンゾ[cd]ピレン

上記の例はいずれも基礎成分の原子には順目(右回り)に原子や結合の番号を割り振りましたが、下記のヘテロ環の例ではそれらが小さくなるよう逆目に割り振っています。ヘテロ環の詳細は後述します。

チエノ[2,3-b]フラン

この場合付随成分であるチオフェンの結合の向きによる構造異性体が存在するため原子の位置番号で2,3と指示し成分名はチエノ[2,3-b]フランとなります。以下はピランにマンキュード環系であるシクロペンタジエンが縮合したものです。マンキュード環系とはMAximam number of Non-CUmmulative DoublE bonds(最多数の非集積二重結合)の略で、集積二重結合とは両隣の原子とそれぞれ二重結合する結合をいい、非集積二重結合では単結合と二重結合が繰り返される共役アルカジエンか一箇所だけ単結合が集積したものになります。シクロペンタ-1,3-ジエンの2H-ピランへの縮合の向き(二重結合が集積しない向き)は決まっているため付随成分の縮合位置は示しませんが基礎成分の縮合位置は必ず示して成分名はシクロペンタ[b]ピランとなります。

シクロペンタ[b]ピラン

ベンゼン以外のマンキュード環系の接頭辞表現は下表のとおりですが、基礎成分名が母音で始まる場合に接頭辞末尾の母音aが削除されるが日本語はそのままというのはベンゼンと同様です。n員環(n=3, 4, 5, … )のマンキュード環の二重結合の数はn/2の小数点以下を切り捨てた整数となり、nが奇数のときは指示水素Hの付加を必要とします。1993年以降、IUPACは七員環またはそれより大きいマンキュード環系単環式炭化水素を[n]annulene、[n]アンヌレンまたはアヌレンと呼んでいます。

単環 = 接頭辞表現 単環 = 接頭辞表現
三員環 1 cyclopropa- シクロプロパ 八員環 4 cycloocta- シクロオクタ
四員環 2 cyclobuta- シクロブタ 九員環 4 cyclonona- シクロノナ
五員環 2 cyclopenta- シクロペンタ 十員環 5 cyclodeca- シクロデカ
六員環 3 benzo- ベンゾ 十一員環 5 cycloundeca- シクロウンデカ
七員環 3 cyclohepta- シクロヘプタ 十二員環 6 cyclododeca- シクロドデカ
“=” は二重結合の数を示しています。

表8. マンキュード環系炭化水素単環の接頭辞表現

いくつかの多環芳香族炭化水素の構造式を挙げておきますが、下図右アズレンも番号付け規則の例外に見えますが1位の位置に問題はなく次の縮合の際の位置番号を小さくするために左回りしていると考えれば例外とするべきではありません。また2H-インデンのように多環芳香族炭化水素に飽和炭素(両隣の炭素と単結合した炭素)がある場合には、二重結合の位置が異なる位置異性体が存在するため、前述のとおり飽和炭素の位置を指示水素として示します。これに従えば左端のインデンは1H-インデンとするべきですが1H-インデンは慣用名「インデン」としてIUPACにも認められているため単にインデンとします。それぞれの位置異性体の飽和炭素では、2個の水素原子に置換される置換基や原子の結合の向きが異なる幾何異性体が存在します。なお酸素O、硫黄S、セレニウムSe、テルリウムTeなどのニ価の原子に挟まれて孤立した位置の指示水素は省略します。

インデンなど

左からインデン2H-インデンナフタレン、非ベンゼン系芳香族アズレン

縮合多環炭化水素名の語尾について、-aceneアセンまたはpolyaceneポリアセンは複数のベンゼン環が直線状にオルト縮合した炭化水素の総称です。2環ナフタレン、3環アントラセン、4環テトラセン、5環ペンタセン、6環ヘキサセン、7環ヘプタセン(非常に不安定で単離された例はありません。)までがあります。-apheneアフェンは中心で120°に折れた翼状のオルト縮合環系を指し、-aleneアレンは2個の同じ環が並んだオルト縮合環系、-phenyleneフェニレンは1個の環を中心にその周りに環が縮合した環系です。語幹はアセンの例で見るとおり4環以上はギリシャ語数詞を基にしたものとなります。アセン、アフェン、アレンは環の総数、フェニレンは1個の中心の環を取り巻く周囲の環の数となります。

テトラセンとトリフェニレン

左は四環からなるアセンであるテトラセン、右は中心の環を三環が取り巻くトリフェニレンです。

縮合環命名:(必要な場合)指示水素位置H-付随成分接頭辞+ [縮合位置] +基礎成分名
●基礎成分の縮合位置はイタリック体のアルファベットabc … で後置し、
●付随成分の縮合位置は(必要な場合)数字1、2、3 … で前置し、
●[1,2-a]のようにハイフンで繋ぎ、角カッコに入れて示す。
●二重結合が集積しないように共役ジエン構造に組み直すか、必要に応じて炭素などを水素化し、水素化した炭素または飽和炭素など(指示水素)の位置番号にイタリック体のH-を付けて先頭に付加する。

IUPACの付加命名法は付随成分に複数の飽和炭素が存在する場合にマンキュード環系名称に基づきそれらの位置番号とhydro-やdihydro-、trihydro-などで飽和炭素の個数を指示水素に優先して指示する1993年修正で導入された新しい規則です。この命名法では先のニ環式架橋化合物の命名法とは異なり、飽和炭素の位置番号および個数を指示することで化合物名を命名します。下図は基礎成分[8]アンヌレン(マンキュード環)に付随成分シクロペンタンが縮合する様子です。縮合環の場合でも共有されていない炭素数は9個で奇数ですので指示水素を示す必要があります。

2,3-ジヒドロ-1H-シクロペンタ[8]アンヌレン

2,3-ジヒドロ-1H-シクロペンタ[8]アンヌレン

5,6,7,8,9,10-ヘキサヒドロベンゾ[8]アンヌレン

左は1993年のIUPAC勧告による付加命名法によれば5,6,7,8,9,10-ヘキサヒドロベンゾ[8]アンヌレン、ちなみに1979年勧告では5,6,7,8,9,10-ヘキサヒドロベンゾシクロオクテンでした。非共有炭素数は10個で偶数なので指示水素は不要で、右はニ環式架橋炭化水素の命名法によるとビシクロ[6.4.0]ドデカン-1(12),8,10-トリエンです。

付加命名法:水素化番号列-数詞ヒドロ+(-指示水素H-)+付随成分接頭辞+マンキュード環名

IUPAC規則には35種の縮合多環炭化水素(芳香族とは限りません。)の基礎成分の名称が挙げられており、基礎成分の接頭辞として付随成分を付加するようになっています。下記の35種の縮合多環炭化水素から基礎成分を選択する場合には、先のアントラセンにベンゼンが縮合する例のように最も番号の大きなものを選ぶようにし、逆に付随成分は、先のフェナントレンに2個のベンゼンが縮合する例のようになるべく単純なものでなければならず、単純な付随成分であることが優先されます。

基礎成分として認められている35種の縮合多環炭化水素
番号 英名 和名 環数 種別
1 pentalene ペンタレン 2 反芳香族
2 indene インデン 2 芳香族
3* naphthalene ナフタレン 2 芳香族
4 azulene アズレン 2 非ベンゼン系芳香族
5 heptalene ヘプタレン 2 非芳香族
6 biphenylene ビフェニレン 3 反芳香族
7 as-indacene as-インダセン 3 反芳香族
8 s-indacene s-インダセン 3 反芳香族
9 acenaphthylene アセナフチレン 3 芳香族
10 fluorene フルオレン 3 芳香族
11 phenalene フェナレン 3 芳香族
12* phenanthrene フェナントレン 3 芳香族; 位置番号例外
13* anthracene アントラセン 3 芳香族; 位置番号例外
14 fluoranthene フルオランテン 4 芳香族
15 acephenanthrylene アセフェナントリレン 4 芳香族
16 aceanthrylene アセアントリレン 4 芳香族
17 triphenylene トリフェニレン 4 芳香族
18 pyrene ピレン 4 芳香族
19 chrysene クリセン 4 芳香族
20 naphthacene テトラセン 4 芳香族
21 pleiadene プレイアデン 4 芳香族
22 picene ピセン 5 芳香族
23* perylene ペリレン 5 芳香族
24 pentaphene ペンタフェン 5 芳香族
25 pentacene ペンタセン 5 芳香族
26 tetraphenylene テトラフェニレン 5 芳香族
27 hexaphene ヘキサフェン 6 芳香族
28 hexacene ヘキサセン 6 芳香族
29 rubicene ルビセン 7 芳香族
30 coronene コロネン 7 芳香族
31 trinaphthylene トリナフチレン 7 芳香族
32 heptaphene ヘプタフェン 7 芳香族
33 heptacene ヘプタセン 7 芳香族
34 pyranthrene ピラントレン 8 芳香族
35 ovalene オバレン 10 芳香族
※番号の * は接頭辞表現で例外(省略形を使用)となるものです。

表9. 基礎成分として認められている35種の縮合多環炭化水素

付随成分が縮合環炭化水素である場合、名称語尾のeneをenoと変格することで接頭辞表現が与えられますが、表9. 「基礎成分として認められている35種の縮合多環炭化水素」に含まれる以下の縮合環炭化水素である場合は省略形を用いることになっています。

番号 英名 和名 英接頭辞 和接頭辞
3 naphthalene ナフタレン naphtho- ナフト
表外 benzene ベンゼン benzo- ベンゾ
12 phenanthrene フェナントレン phenanthro- フェナントロ
13 anthracene アントラセン anthra- アントラ
23 perylene ペリレン perylo- ペリロ

表10. 接頭辞表現に省略形を用いる縮合環炭化水素の接頭辞表現

プライム付位置番号による命名法(二環の場合では、マンキュード環系ではなく縮合位置が二重結合であるような縮合環についてはそれぞれ通常の系統名を使い、基礎成分には同じ位置番号、付随成分にはプライム「’」を付けた位置番号を使って命名する方式が認められています。基礎成分の縮合位置-付随成分の接頭辞表現-基礎成分名という形式になります。二環が縮合する場合、各成分環の位置番号は付け直すことなくそのまま使用されます。ベンゼンを含む二環は合わせて単環と見なします。ただし、この命名法では原子の位置番号が他の命名法と全く異なるため構造式を併記するなどの注意が必要です。

1,2-ベンゾ-1,3-シクロヘプタジエンと6,7-ジヒドロ-5H-ベンゾシクロヘプテン上図左は基礎成分シクロヘプタジエンの1,2位にベンゼンが縮合し、基礎成分の1,3位から二重結合が開始するので、1,2-ベンゾ-1,3-シクロヘプタジエンとなります。ベンゼンの縮合位置はどこも等価ですので示すことはしません。また二重結合が2箇所あることをジエンと明記していますので、指示水素も指示することはしません。右は同じ物質を付加命名法で命名した場合で5,6,7位が水素化されており5位を指示水素、6,7位をジヒドロとして指示水素の前で指示し、6,7-ジヒドロ-5H-ベンゾシクロヘプテンとなります。

1,2-シクロペンタ-1',3'-ジエノシクロオクテン

上図左は基礎成分シクロオクタンの任意の位置に二重結合が1′,3’位から開始するシクロペンタ-1′,3′-ジエン(接頭辞表現は語尾のeneをenoと変格することで得られます。)が縮合した縮合環ですが、任意の位置であっても基礎成分の縮合位置は省略せず最も小さくなる1,2-と示さなければなりません。成分名は1,2-シクロペンタ-1′,3′-ジエノシクロオクテンです。右は二環式架橋炭化水素の命名法による位置番号で名称はビシクロ[6.3.0]ウンデカ-1(8),10-ジエンです。

プライム付位置番号:基礎成分縮合位置番号(必須)-付随成分接頭辞-付随成分プライム付位置番号-基礎成分名
●縮合位置は必ず二重結合、付随成分の位置番号はプライム「’」を付け、二環の場合縮合後、位置番号を変更しない。

ヘテロ環化合物
IUPAC規則ではまた47種の複素環についても基礎成分の名称が挙げられています。複素環とはヘテロ環ともいわれ、その化合物が炭素C、水素H以外の窒素N、酸素O、イオウSなどのヘテロ元素を含むことを意味します。環がヘテロ原子を含む場合には基礎成分は必ず複素環としなければなりません。a)飽和炭素がある場合やヘテロ原子に水素Hが付随する場合にはそれも飽和原子と見なし、指示水素としてイタリック体のH-を添えて先頭に示します。b)二重結合の開始位置を必要であれば指示しますが指示水素などで判定できれば省略します。cヘテロ単環が1個のみヘテロ原子を有する場合、そのヘテロ原子をシクロアルケンの二重結合に優先して1位としますが指示するかどうかは状況によります。d)位置番号を指示する場合には配する位置番号[1,2,3,…]や縮合位置[a,b,c,…]が若くなるような向きで配します。同じヘテロ原子が複数ある場合にはdi-, tri-, tetra-, … などをヘテロ環名称語頭に付加して位置番号と併せて示し、番号がなるべく若くなるように決定します(1,3-dioxolaneなど)。eすべてまたは1個の元素を除き残りが同じヘテロ原子である場合も自明なのでヘテロ原子(または別の元素)の位置番号は特定しません。f)ヘテロ単環が三員環の場合も自明なのでヘテロ原子の位置は特定しません。ヘテロ単環に複数種類のヘテロ原子がある場合には以下の原則を適用します。なお、これらの原則は先の「縮合多環炭化水素」の「基礎成分の優先順位」を書き直したものです。
g) 下記の表「ヘテロ原子の接頭辞表現と優先順位」のSBN1以下で各SBN・原子価/族毎に左列直下に二重線まで降順し、次いで右列二重線直下の先頭から次の二重線まで降順していきます。つまりフッ素FからタリウムTlまでの順位、F>Cl>Br>I>O>S … で優先するヘテロ原子をシクロアルケンの二重結合に優先して1, 2, … 位とし、それらの位置番号をコンマで区切った一式をハイフンでヘテロ環名と繋ぎます。
h) すべてのヘテロ原子の位置番号を若くなるようにします。
i) 優先順位の高い順にそれぞれの元素の位置番号を若くなるように決定します。

4H-1,2-オキサジン

優先準位はO>NなのでOが1位(g)、右回りでNが最小の2位(hi)でヘテロ原子位置1,2位(g)、指示水素が4位(a)となる4H-1,2-オキサジンです。

2-ピロリンと3-ピロリン

左は二重結合が2位から始まる(bc)ヘテロ原子位置自明の2-ピロリン、右は二重結合が3位から始まる(bc)ヘテロ原子位置自明の3-ピロリンです。

ヘテロ環化合物の体系的名称は含まれるヘテロ原子の接頭辞表現と環の大きさと不飽和度を示す語幹の組み合わせで作られますが多くの慣用名もその使用が認められています。また、下表中のSBNはStandard Bonding Numbersの略で「基準結合数」を意味し、IUPACの「ガイド1993」で規定される命名時の優先順位をいいます。なお、この表の内容はIUPACの「2004ドラフト」に準拠しています。

SBN 元素 接頭辞表現 元素 接頭辞表現 原子価/族
例外 N aza アザ 基礎成分選択時にのみ最優先 III-15
1 F fluora- フルオラ Br broma- ブロマ I-17
Cl chlora- クロラ I ioda- ヨーダ I-17
2 O oxa- オキサ Se selena- セレナ II-16
S thia- チア Te tellura- テルラ II-16
3 N aza- アザ (例外採用時は除外) III-15
P phospha- ホスファ Sb stiba- スチバ III-15
As arsa- アルサ Bi bisma- ビスマ III-15
4 C carba- カルバ Sn stanna- スタンナ IV-14
Si sila- シラ Pb plumba- プルンバ IV-14
Ge germa- ゲルマ IV-14
3 B bora- ボラ III-13
Al alumina- アルミナ In inda- インダ III(暫)-13
Ga galla- ガラ Tl thalla- タラ III(暫)-13
※17族アスタチンAt、16族ポロニウムPoは除外。

表11. ヘテロ原子の接頭辞表現と優先順位

条件 環数 Mancude環系語幹
(英/和/例)
飽和炭化水素環語幹
(英/和/例)
Nだけを含む場合以外 3 -irene イレン oxirene -irane イラン oxirane
4 -ete エト 2H-oxete -etane エタン thietane
5 -ole オール oxazole -olane オール thiole
Nだけを含む場合 3 -irine イリン 2H-azirine -iridine
-etidine
-olidine
イリジン エチジン オリジン aziridine azetidine pyrrolidine
4 -ete エト azete
5 -ole オール 2H-pyrrole
Nを含み最後がaza 6 -ine イン 4H-1,4-oxazine -inane イナン azinane
全般 6 -ine イン 1,4-dioxine -ane アン thiane
7 -epine エピン   -epane エパン  
8 -ocine オシン   -ocane オカン  
9 -onine オニン   -onane オナン cyclononane
10 -ecine エシン cyclodecine -ecane エカン cyclodecane
※母音で始まる語幹と接辞する場合、接頭辞末が母音であれば接頭辞末母音は削除する。

表12. ヘテロ環の大きさと不飽和度を示す語幹

IUPAC代置命名法は炭化水素のC、CHまたはCH2をヘテロ原子に置き換える命名法であり、ヘテロ原子を表11. 「ヘテロ原子の接頭辞表現と優先順位」の接頭辞表現で表します。慣用名を知らずとも命名できるのが特長で先の1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エンも代置命名法による命名でした。

代置命名法左からオキサシクロプロパン(IUPAC名オキシラン)、7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン1-シラナフタレン1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン

1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン

1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン[再掲載]

代置命名法:(必要な場合、指示水素位置H-)ヘテロ原子位置番号-(数詞)ヘテロ原子接頭辞+ヘテロ環語幹名

4H-1,2-オキサジン4H-1,2-オキサジン[再掲載]

ニ重結合開始位置-(数詞)ヘテロ原子接頭辞+ヘテロ環語幹名

付加命名法:水素化番号列-(指示水素位置H-)(数詞)ヒドロ-(数詞)ヘテロ原子接頭辞+ヘテロ環語幹名

2-ピロリンと3-ピロリン左は二重結合が2位から開始する2-ピロリン[再掲載]、付加命名法では4,5-ジヒドロ-1H-ピロール、右は二重結合が3位から開始する3-ピロリン[再掲載]、付加命名法では2,5-ジヒドロ-1H-ピロールです。

代置命名法:ヘテロ原子位置番号-(数詞)ヘテロ原子接頭辞+ヘテロ環語幹名

ビシクロ[2.2.1]ヘプタンと7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン

左はビシクロ[2.2.1]ヘプタン、右は7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン

ベンゼン環が複素環に縮合する場合、2個以上の付随成分があってその中にベンゼン環が1個だけあって基礎成分がベンゼン環を含んでいないか単環である場合は基礎成分とベンゼン環を1個の構成成分として扱わなければなりません。

4H-フロ[2,3-b][1,4]ベンゾオキサジン

上図左から4H-1,4-オキサジンがベンゼンと縮合して、中の4H-1,4-ベンゾオキサジンになり、これがフランと右のように縮合します。縮合の向きで異性体があることが明白ですので、基礎成分の縮合位置をb、付随成分の縮合位置をbが下向き(右回り)なので下向き(左回り)に2,3(基礎成分の縮合位置が上向きなら3,2)として接頭辞表現された付随成分名と基礎成分名の間に角カッコ「[]」に入れて指示しますが、基礎成分の構造も明らかにしておく必要上、基礎成分とハイフンで接続されていたヘテロ原子位置も角カッコに入れて最後の付随成分の縮合位置に続けて残さなければならず、結局、新しい番号付けによる指示水素番号「4H-」+フランの接頭辞表現「フロ」+新しい縮合位置[2,3-b]+以前のヘテロ原子位置[1,4]+基礎成分名「ベンゾオキサジン」で4H-フロ[2,3-b][1,4]ベンゾオキサジンとなります。

ベンゾ[f]キノリン

上図中は窒素Nを1位とするキノリン(系統名ベンゾ[b]ピリジン)のf位にベンゼンが縮合する様子ですが、縮合の結果ベンゾ[f]キノリンとなります。この縮合によりこれまで1位であった窒素Nの位置番号は4位に変わっています。また含まれるヘテロ原子は1個だけですので縮合位置を示すfでヘテロ原子の位置が判定できるためヘテロ原子位置の指示は不要です。状況により位置番号の決定方法は変化し、最終的な位置番号は化合物を正しい向きに並べたときを想定して決定しなければなりません。

ヘテロ環1個とベンゼン環1個からなる二環系では、縮合に従って位置番号を配し、指示水素があれば位置番号にH-を添えて先頭に付し、複数のヘテロ原子があれば表11. 「ヘテロ原子の接頭辞表現と優先順位」のSBN1以下の優先順位が高い順番でヘテロ原子の位置番号をコンマで分けて示し、ハイフンでベンゾと繋ぎその後にヘテロ環名を付けます。

4H-1-ベンゾピランと4H-3,1-ベンゾオキサジンと1-ベンゾチオフェン左から4H-1-ベンゾピラン4H-3,1-ベンゾオキサジン1-ベンゾチオフェン

ベンゾイミダゾールやベンゾチアゾールなどはヘテロ原子の位置異性がないので1,3-ベンゾイミダゾールなどと指示する必要はなく、またベンゾフランの異性体である2-ベンゾフランは慣用名イソベンゾフランが認められていますので、1-ベンゾフランとしなくても構いません。

ベンゾイミダゾール、ベンゾチアゾール、ベンゾフラン左からベンゾイミダゾールベンゾチアゾールベンゾフラン

ベンゼン環以外の炭化水素単環との縮合では、ヘテロ環がマンキュード環系の単環と縮合する場合には表8. 「マンキュード環系炭化水素単環の接頭辞表現」を使用します。ヘテロ環が母音で始まる場合には接頭辞末尾の母音を削除し、日本語表記・発音はそのままというのはベンゼンと同じです。

シクロペンタ[b]ピラン基礎成分2H-ピランに付随成分シクロペンタ-1,3-ジエンが縮合してシクロペンタ[b]ピラン[再掲載]が生成される様子です。
この命名方式は基礎成分が炭素単環の場合にも適用されますが、語尾の-eneは二重結合を一つのみ有するシクロアルケンという意味ではなく、マンキュード環系を意味する点に注意しましょう。二重結合が少ない化合物は前述の「付加命名法:水素化番号列-(指示水素位置H-)(数詞)ヒドロ-(数詞)付随成分接頭辞+マンキュード環名」を使って命名します。

1H-シクロペンタシクロオクテン左はシクロアルケンの一つであるシクロオクテン、右はマンキュード環系のシクロオクテンシクロペンテンが縮合した1H-シクロペンタシクロオクテンです。

5,6,7,8,9,10-ヘキサヒドロベンゾシクロオクテン[再掲載]

5,6,7,8,9,10-ヘキサヒドロベンゾシクロオクテン[再掲載]

基礎成分が固有の慣用名を持つ場合でも同様です。

7H-シクロブタ[a]インデン

インデンa位にシクロブタンが縮合して7H-シクロブタ[a]インデンが生成される様子です。

1a,7b-ジヒドロ-1H-シクロプロパ[a]ナフタレン

ナフタレンa位にシクロプロパンが縮合して1a,7b-ジヒドロ-1H-シクロプロパ[a]ナフタレンが生成される様子です。

付随成分が縮合環炭化水素の場合、縮合環炭化水素名の語尾-eneを-enoとすることで接頭辞表現が得られることは既出のとおりですが、これも既出の表10. 「接頭辞表現に省略形を用いる縮合環炭化水素と主要複素環の接頭辞/接中辞表現」で挙げたとおりいくつかの縮合環炭化水素では接頭辞表現に省略形を使用します。代表的なものとしてnaphthaleneナフタレン(省略形はnaphthoナフト)を付随成分とするものをいくつか見ておきましょう。

ナフトフラン

上図は基礎成分フランに付随成分ナフタレンが縮合する様子ですが、縮合の仕方により異性体が生じます。上段はナフト[1,2-b]フランで下段はナフト[2,1-b]フランです。
下図は基礎成分アクリジンに付随成分ナフタレンが縮合する様子ですが、アクリジンは位置番号例外のアントラセンの10位の炭素が窒素Nに代置されたもので、例外的な位置番号となっていることに要注意です。例外的位置番号を持つその他のヘテロ環化合物には、プリン、β-カルボリン、チオキサンテン、セレノキサンテン、テルロキサンテンなどがあります。もちろん縮合後は標準的な位置番号を与えます。

5H-ナフト[3,2,1-kl]アクリジン

アクリジンk,l位にナフタレンの3,2,1位が縮合して5H-ナフト[3,2,1-kl]アクリジンが生成される様子です。

ナフト[8,1,2-bcd]ペリレン

基礎成分ペリレンに付随成分ナフタレンが太線で縮合してナフト[8,1,2-bcd]ペリレンが生成される様子です。付随成分の縮合位置には8aのような添字付番号、すなわち二環以上で共有された原子は省略します。縮合の際、二重結合の位置はマンキュード環の性質を維持、すなわち共役アルカジエンを維持し、かつ二重結合が集積しないように変更しなければなりません。また位置番号を振り直す場合には正しい方向に合わせなければなりません。

ヘテロ環同士が縮合する場合については、ヘテロ原子を取り扱う場合、優先順位と呼ばれる概念が存在します。優先順位は決定すべき事項により異なり次の原則が適用されますが、これらの原則は先の「縮合多環炭化水素」の「基礎成分の優先順位」に基づくものです。
a) ヘテロ単環に複数種類のヘテロ原子がある場合に優先するヘテロ原子は表SBN1以下で与えられる順位、F>Cl>Br>I>O>S>Se>Te> … で優先するヘテロ原子をシクロアルケンの二重結合に優先して1, 2, … 位とし、それらの位置番号をコンマで区切った一式をハイフンでヘテロ環名と繋ぎます。

4H-1,2-オキサジン

この例としては4H-1,2-オキサジン[再掲載]が挙げられます。
b) 複数のヘテロ環が縮合する場合に基礎成分として優先するヘテロ環は表例外以下で与えられる順位、N>F>Cl>Br>I>O>S>Se>Te> … となります。つまり窒素Nを含むヘテロ環がある場合は当該ヘテロ環は基礎成分の候補となります。窒素Nを含むヘテロ環がない場合は表11. SBN1以下で与えられる順位、F>Cl>Br>I>O> … で基礎成分またはその候補を決定します。

ピラノ[3,4-b]ピロールこの例としてはOを含む付随成分4H-ピランがNを含む基礎成分2H-ピロールに縮合して生成されるピラノ[3,4-b]ピロールが挙げられます。

チエノ[2,3-b]フラン

Sを含む付随成分チオフェンがOを含む基礎成分フランに縮合して生成されるチエノ[2,3-b]フランもこの例に当たります。

ヘテロ環同士が縮合した縮合複素環の命名や位置番号の配し方は縮合炭化水素の命名に準じますが、二点だけ違うところがあります。第一は炭化水素では二環に共有された炭素では付けなかった位置番号について、二環に共有されたヘテロ原子には位置番号を付けなければならない点です。

トリアゾロテトラジン

[1,2,4]トリアゾロ[4,3-b][1,2,4,5]テトラジン[再掲載]では二環が縮合する位置のNに4位が与えられます。

第二は規定された向きに縮合環を並べる際の配置方法が二通り以上ある場合には次の原則を順次適用して該当するヘテロ原子になるべく若い位置番号を与えるようにします。
c) 種類によらずすべてのヘテロ原子になるべく若い番号が付くようにします。
d) 先の表「ヘテロ原子の接頭辞表現と優先順位」のSBN2以下で各SBN・原子価/族毎に左列直下に二重線まで降順し、次いで右列二重線直下の先頭から次の二重線まで降順していきます。つまり酸素OからタリウムTlまでの順位、O>S>Se>Te>N>P>As>Sb>Bi>Si> … で優先するヘテロ原子になるべく若い番号を与えるようにします。このとき例外の窒素NおよびSBN1(フッ素Fからヨウ素Iまで)は無視されます。
e) 二つ以上の環に共有される炭素原子になるべく若い番号(添字付)を与えるようにします。
f) 指示水素になるべく若い番号を与えるようにします。
g) 以上で決まらない場合は更に以下の原則を決定するまで順次適用します。
i) 最多数の環を含む成分を基礎成分とするか;
ii) 最大の環を含む成分を基礎成分とするか:

1H-ピロロ[3,2-b]ピリジン

六員環のピリジンと五員環の1H-ピロールではピリジンを基礎成分として1H-ピロールが縮合し 1H-ピロロ[3,2-b]ピリジンが生成されます;
iii) 最多数のヘテロ原子を含む成分を基礎成分とするか;
iv) 最多種のヘテロ原子を含む成分を基礎成分とするか:

4H-イミダゾ[4,5-d]チアゾール

S、N2種のヘテロ原子を含むチアゾールとN1種のヘテロ原子を含むイミダゾールではチアゾールを基礎成分、イミダゾールを付随成分として縮合し、4H-イミダゾ[4,5-d]チアゾールが生成されます。
v) 表例外以下で優先順位の高いヘテロ原子の最多数を含む成分を基礎成分とするか;
vi) 縮合前のヘテロ原子の位置番号が若いものを基礎成分とします。

縮合環の構成成分が位置番号付の名称を持つ場合は、先の「ベンゼン環が複素環に縮合する場合」の説明のとおり元の構造も明らかにしておく必要上、ハイフンで接続されていたヘテロ原子位置も角カッコに入れて構成成分名直前に付けて残しておかなければなりません。

7H-イミダゾ[4,5-e][1,2,4]トリアゾール

基礎成分1,2,4-トリアゾールと付随成分3H-イミダゾールが縮合して7H-イミダゾ[4,5-e][1,2,4]トリアゾールが生成されます。

2H-[1,3]ジオキソロ[4,5-d]オキセピン

基礎成分オキセピンと付随成分1,3-ジオキソールが縮合して2H[1,3]ジオキソロ[4,5-d]オキセピンが生成されます。

シクロペンタ[b][1]ベンゾピラン

基礎成分4H1-ベンゾピランに付随成分シクロペンタジエンが縮合してシクロペンタ[b][1]ベンゾピランが生成されます。

[1]ベンゾチエノ[3,2-e][1,2,4]トリアゾール

基礎成分1,2,4-トリアゾールに付随成分1-ベンゾチオフェンが縮合して[1]ベンゾチエノ[3,2-e][1,2,4]トリアゾールが生成されます。

縮合位置が縮合前後で同一である場合、付随成分の場合は角カッコを使わずハイフンのままとすることができますが、基礎成分の場合は必ず角カッコを使わなければなりません

4H-1,3-ジオキソロ[4,5-d]イミダゾールとピラジノ[2,3-b][1,4]オキサジン左は4H-1,3-ジオキソロ[4,5-d]イミダゾールまたは4H[1,3]ジオキソロ[4,5-d]イミダゾール、右はピラジノ[2,3-b][1,4]オキサジンピラジノ[2,3-b]-1,4-オキサジン誤りです。

ヘテロ原子が複数の環に共有されている場合、いずれの環にもそこにヘテロ原子があったものとします。

[1,2,4]トリアゾロ[4,3-b][1,2,4,5]テトラジン

[1,2,4]トリアゾロ[4,3-b][1,2,4,5]テトラジンは、基礎成分1,2,4,5-テトラジンに付随成分1,2,4-トリアゾールが縮合して生成されたと考えます。

イソインドロ[2,1-a]キノキサリン

イソインドロ[2,1-a]キノキサリンは、基礎成分キノキサリンに付随成分イソインドールが縮合して生成されたと考えます。

二つ以上の付随成分が一つの基礎成分に縮合しかつ付随成分が異なる場合、アルファベット順に並ぶように、可能な場合には縮合位置も若い記号を前置する付随成分に与えて命名します。

1H-ベンゾ[a]シクロペンタ[j]アントラセン

基礎成分アントラセンに第一の付随成分ベンゼンと第二の付随成分シクロペンタンが縮合して1H-ベンゾ[a]シクロペンタ[j]アントラセンが生成されます。

ベンゾ[f]フロ[3,2-c]キノリン

基礎成分キノリンに第一の付随成分ベンゼンと第二の付随成分フランが縮合してベンゾ[f]フロ[3,2-c]キノリンが生成されます。

フロ[3,4-a]ピロロ[2,1,5-cd]インドリジン

基礎成分インドリジンに第一の付随成分フランと第二の付随成分1H-ピロールが縮合してフロ[3,4-a]ピロロ[2,1,5-cd]インドリジンが生成されます。

既述のとおり、2個以上の付随成分がありその中にベンゼン環が1個だけ含まれておりかつ基礎成分がベンゼン環を含んでいないか単環である場合は基礎成分とベンゼン環を1個の構成成分として扱わなければなりません。基礎成分に既にベンゼン環が含まれている場合にはこの条件は適用されません。

4H-フロ[2,3-b][1,4]ベンゾオキサジン

4H-フロ[2,3-b][1,4]ベンゾオキサジンは、基礎成分4H-1,4-オキサジンに第一の付随成分ベンゼンが縮合した4H-1,4-ベンゾオキサジンに第二の付随成分フランが縮合した化合物と考えなければなりません。従って4H-ベンゾ[b]フロ[3,2-e][1,4]オキサジンは誤りです。

1H-ピロロ[1,2-b][2]ベンゾアゼピン

1H-ピロロ[1,2-b][2]ベンゾアゼピンは上と同様にベンゾアゼピン(のb位)に2-ピロリンが縮合したと考えねばならず、従って1H-ベンゾ[e]ピロロ[1,2-a]アゼピンは誤りです。

プライム付位置番号による命名法(三環以上の場合):

ピリド[1',2':1,2]イミダゾ[4,5-b]キノキサリン

先の二環の場合のプライム付位置番号による命名法は三環以上の場合も認められています。上図は左の基礎成分キノキサリンに中の第一の付随成分イミダゾール(接頭辞表現はイミド)が図の向きで縮合して1H-イミド[4,5-b]キノキサリンになり、さらに右の第ニの付随成分ピリジンが図の向きで窒素Nを共有して縮合する様子です。2番目に縮合する環の原子の位置番号にはプライム「’」、3番目にはダブルプライム「”」… と続けます。縮合位置は[i1‘,i2‘:n1,n2]のように角カッコの中で数字とアルファベットまたはプライム付数字と数字をコロンで分けて指示します。ピリジンの接頭辞表現はピリド、イミダゾールとの縮合位置は[1′,2′:1,2]、イミダゾールの接中辞表現はイミダゾ、キノキサリンとの縮合位置は[4,5-b]ですからピリド[1′,2′:1,2]イミダゾ[4,5-b]キノキサリンになります。二環が縮合する場合とは異なり、三環以上が縮合する場合には通常の位置番号に付け直しますが、成分名に含まれるプライムやダブルプライムはそのまま承継されます

ピロロ[2'',3'':4',5']ピラノ[2',3':5,6]ピラノ[4,3-b]ピロール1H-ピロール4H-ピランが、更に4H-ピランが、更に3H-ピロールが縮合してピロロ[2”,3”:4′,5′]ピラノ[2′,3′:5,6]ピラノ[4,3-b]ピロールが生成されます。

フロ[3,2-h][3,1]ベンゾオキサゼピンベンゾオキサゼピンフランが縮合してフロ[3,2-h][3,1]ベンゾオキサゼピンが生成されます。フロ[3′,2′:4,5]ベンゾ[1,2-d][1,3]オキサゼピンは誤りです。

[1]ベンゾチオフェノ[6,5-b][1]ベンゾチオフェンベンゾチオフェンベンゾチオフェンが縮合して[1]ベンゾチオフェノ[6,5-b][1]ベンゾチオフェンが生成されます。チエノ[2′,1′:4,5]ベンゾ[1,2-b][1]ベンゾチオフェンは誤りです。

5H-フロ[3,4-b]チエノ[2,3-f]インドール

慣用名インドールの両隣からフランチオフェンが縮合して5H-フロ[3,4-b]チエノ[2,3-f]インドールが生成されます。

一つの付随成分が二つ以上の同一基礎成分に縮合した場合、基礎成分名にdi-, tri-, tetra-, … を付け第二、第三の基礎成分の縮合位置を示すアルファベットにはプライム、二重プライムを付けます。

ベンゾ[1,2-d:4,5-d']ジイミダゾール

一つの付随成分ベンゼンに基礎成分イミダゾールが2個縮合してベンゾ[1,2-d:4,5-d’]ジイミダゾールが生成されます。

特性基の命名
優先順位の最も高い特性基-主基を母体化合物として語尾に組み込み、優先順位の低い特性基は置換基-接頭辞として母体化合物に付加して命名することはここまで見たとおりです。

種別 化合物種 特性基* 接頭辞(置換基) 接尾辞(主基)
オニウムイオン カチオン N/A -onio- オニオ
-onia- オニア
-onium オニウム
カルボン酸 -COOH
-(C)OOH
carboxy- カルボキシ -carboxylic acid
-oic acid 酸
スルホン酸 -SO3H sulfo- スルホ -sulfonic acid
カルボン酸塩 -COO-M+
-(C)OOM+
N/A metal-carboxylate
カルボン酸金属
metal-oate 酸金属
酸誘導体 酸無水物 -COOCO- N/A -oic anhydride
エステル -COOR
-(C)OOR
alkoxycarbonyl-
アルコキシカルボニル
R-carboxylate
カルボン酸アルキル
R-oate 酸アルキル
酸ハロゲン化物 -COX
-(C)OX
haloformyl- ハロホルミル -carbonyl halide
ハロゲン化-カルボニル
-oyl halide
ハロゲン化-オイル
アミド -CONH2
-(C)ONH2
carbamoyl- カルバモイル -carboxamide
カルボキサミド
-amide
ニトリル -C≡N
-(C)≡N
cyano- シアノ -carbonitolille
カルボニトリル
-nitrile
アルデヒド -CHO
-(C)=O
formyl- ホルミル
oxo- オキソ
-carbaldehyde
カルバルデヒド
-al アール
ケトン -COR(C)=O acyl- アシル oxo オキソ -one オン
アルコール アルコール -OH hydroxy- ヒドロキシ -ol オール
フェノール -OH hydroxy- ヒドロキシ -ol オール
チオール -SH mercapt- メルカプト -thiol
アミン アミン -NH2 amino- アミノ -amine
イミン =NH imino- イミノ -imine
* (C)は炭素が特性基ではなく基本構造に含まれることを意味しています。

表13. 特性基の接頭辞と接尾辞

特性基 接頭辞 特性基 接頭辞
-Br bromo- ブロモ -Cl chloro- クロロ
-F fluoro- フルオロ -I iodo- ヨード
=N2 diazo- ジアゾ -N3 azido- アジド
-NO nitroso- ニトロソ -NO2 nitro- ニトロ
-OR alkoxy- アルコキシ -SR alkylthio- アルキルチオ

表14. 接頭辞としてのみ命名される特性基

架橋炭化水素2
縮合環に対する架橋はvon Baeyer記述子は使わず接頭辞として命名します。母体化合物である縮合環は、a)環の数が最も多く、b)骨格元素の数が最も多く、c)ヘテロ原子の数が最も少なく、d)優先順位(先の「縮合多環炭化水素」の「基礎成分の優先順位」に準じます。)が最も高く、e)合成橋(後述)の数が最も少なく、f)従属橋の数が最少になるように、g)従属橋に含まれる骨格原子の数が最少になるように、h)二価橋の数が最も多くなるように、i)独立橋が無架橋縮合環に結合する位置番号が小さくなり、次いで従属橋の位置番号が小さくなるように、j)主基に対する位置番号が小さな、k)より多くの非集積二重結合を含む縮合環を選ぶようにします。

オクタヒドロ-5,3-(エポキシメタノ)-1-ベンゾフランと1,2,3,4-テトラヒドロ-1,3-エポキシナフタレン左はオクタヒドロ-5,3-(エポキシメタノ)-1-ベンゾフラン、右は1,2,3,4-テトラヒドロ-1,3-エポキシナフタレン

上図左はベンゾフランの2,3,3a,4,5,6,7,7a位の8個の炭素が水素化され(オクタヒドロ-)、3,5位の炭素を橋頭として(5,3-)エポキシメタンが架橋した化合物です。右はナフタレンの1,2,3,4位の炭素が水素化され、1,3位の炭素を橋頭として酸素Oが架橋しています。

指示水素2
IUPACでは架橋の導入の後にマンキュードを求めそれに応じて指示水素の必要性と位置を決定します。下図は、3H-1,2-オキサチオールのd位にベンゼンが縮合した1,2-ベンゾオキサチオールの3a,6位を橋頭としてメタンが架橋した様子ですが、5,6,7,7a位の4個の炭素については水素化(テトラヒドロ)することで単一の環で指示水素が重複することを避けています。

テトラヒドロ-3H,4H-3a,6-メタノ-1,2-ベンゾオキサチオール

テトラヒドロ-3H,4H-3a,6-メタノ-1,2-ベンゾオキサチオール

ケトン(C)=Oやイミン=NHなど官能基による環外二重結合を持つ炭素原子は環内では二重結合を持つことはできません。炭素原子は四価だからです。官能基と結合した炭素位置には指示水素を示すことはしませんが、その結果として環外二重結合炭素原子以外に飽和炭素が生じる場合には環外二重結合炭素原子の位置番号に続けて丸カッコ「(飽和炭素位置H)」に含めてハイフンで官能基名に前置して飽和炭素の位置を示します。これを付加水素と呼ぶ場合があります。

1,2-ジヒドロナフタレン-1-オンと2,3-ジヒドロピラジン-2-オン左は水素化による命名では1,2-ジヒドロナフタレン-1-オン、付加水素による命名ではナフタレン-1(2H)-オン、右は水素化による命名では2,3-ジヒドロピラジン-2-オン、付加水素による命名ではピラジン-2(3H)-オンです。

元の環系に指示水素が必要なく官能基が偶数個あってその導入で新たな飽和原子が生じない場合、付加水素は付きません(下図左)。また単結合の官能基であっても縮合位に結合すると付加水素または水素化が必要となります(下図右)。

ナフタレン-1,4-ジオンと1,2,3,4,4a,5-ヘキサヒドロ-4a-カルボン酸左はナフタレン-1,4-ジオン、右は1,2,3,4,4a,5-ヘキサヒドロ-4a-カルボン酸

指示水素が必要な2H-ピランや4H-ピランのようなヘテロ環に主基が結合している場合、小さな番号を与えられる優先権は官能基ではなく指示水素にあります。

3,4-ジヒドロ-2H-ピラン-6-カルボン酸

3,4-ジヒドロ-2H-ピラン-6-カルボン酸

CASでは元の環系に指示水素が必要でかつ必要な指示水素と官能基の数が同数であり、官能基の位置に指示水素を置いて問題がなければ指示水素を官能基の位置に合わせます。IUPACではヒドロを非分離接頭辞として使う場合で環系が完全に飽和しており紛らわしくなければ指示水素は不要です。

4H-ピラン-4-オンとテトラヒドロピラン-4-オン左は4H-ピラン-4-オン、右はテトラヒドロピラン-4-オン

官能基の位置に指示水素を置けない場合や必要な指示水素の数より官能基の数が多い場合、飽和原子のうち最も位置番号が小さな位置に、ただし縮合位はできれば避けて、指示水素を置き、官能化で生じた飽和原子を付加水素(CAS)または水素化(IUPAC)で示します。

2,3-ジヒドロ-1H-イソインドール-1,3-ジオンとテトラヒドロピラン-3-オン左は2,3-ジヒドロ-1H-イソインドール-1,3-ジオン、右はテトラヒドロピラン-3-オン

架橋炭化水素に戻ります。ところでCASではイミノ橋(-NH-)またはビイミノ橋(-NHNH-)が炭素環式または窒素を含まないヘテロ環式縮合環に架橋している場合には橋頭炭素位置をコンマで区切り、ハイフンで接尾辞-imineイミン、-biimineビイミン(または-iminoイミノ、-biiminoビイミノ)に繋いで表現します。後述の非環式ヘテロ二価橋の説明で詳述しています。

9,10-ジヒドロ-9,10-エピミノアントラセン-11-カルボン酸

IUPAC名9,10-ジヒドロ-9,10-エピミノアントラセン-11-カルボン酸、CAS名9,10-ジヒドロアントラセン-9,10-イミン-11-カルボン酸

非環式炭化水素二価橋は、対応する炭化水素名から末尾-eを-oに変えて接頭辞として基礎成分名に付加して命名します。二重結合がある場合はその開始位置番号を角カッコで囲み下表のように指示します。可能であれば位置番号が若くなるようにします。代表的な二価橋の接頭辞を下表にまとめておきますが、IUPACとCASで表現が異なる場合がありますので注釈を入れています。

二価橋 接頭辞 二価橋 接頭辞 規則
-CH2 methano メタノ -CH=CHCH2 propa[1]eno プロパ[1]エノ IUPAC
propeno プロペノ CAS
-CH2CH2 ethano エタノ -CH=CHCH2CH2 but[1]eno ブタ[1]エノ IUPAC
[1]buteno [1]ブテノ CAS
-CH2CH2CH2 propano プロパノ -CH2CH=CHCH2 but[2]eno ブタ[2]エノ IUPAC
[2]buteno [2]ブテノ CAS
-[CH2]4 butano ブタノ -CH=CHCH=CH- buta[1,3]dieno IUPAC
[1,3]butadieno CAS
-CH=CH- etheno エテノ  
※二重結合の開始位置番号は最終的な番号ではありません。

表15. 代表的な非環式炭化水素二価橋

7,12-ジヒドロ-7,12-メタノ-ベンゾ[a]アントラセン7,12-ジヒドロ-7,12-メタノ-ベンゾ[a]アントラセン

単純多価橋はIUPAC勧告1998以後すべて丸カッコで囲んで示します。CASでは丸カッコは使用しません。骨格化合物の原子から水素1個、2個、3個を除いたときに生じる遊離原子価を表現する接尾辞は-ylイル、-ylideneイリデン、-ylidyneイリジンであって、単一の基について同種のものを複数用いる場合は倍数接頭辞(di-, tri, … )、異なるものを用いる場合は上の順に並べます。1993年勧告ではそれぞれ単結合、二重結合、三重結合により外部の1個の原子と結合している場合に限り用いられます。たとえばH3C=CH3エタンで見ると、CH3CH2-エチル、CH3CH=エチリデン、CH3C≡エチリジンとなります。(エタン[1,1,2]トリイル)は2個の炭素原子の一方(1位)から2個の水素原子が、他方(2位)から1個の水素原子が除かれたものです。代表的なものを下表にまとめておきます。

多価橋 接頭辞 多価橋 接頭辞
-CH= (metheno) (メテノ) -N= (azeno) (アゼノ)
-CH< (metanetriyl) (メタントリイル) -N< (azanetriyl) (アザントリイル)
>C= (methanediylylidene) -P= (phospheno) (ホスフェノ)
(メタンジイリリデン) -P< (phosphanetriyl)
>C< (methanetetrayl) (ホスファントリイル)
(メタンテトライル)  

表16. 単純多価橋

多価多原子橋は適切な多価基として命名します。必要であれば遊離原子価の位置も指示します。語尾-ylideneは二重結合が橋と縮合環系との間にあるときに限られます。

多価多原子橋 接頭辞
-CH2CH= (ethanylylidene) (エタニリリデン)
-CH2CH< (ethane[1,1,2]triyl) (エタン[1,1,2]トリイル)
=CHCH= (ethanediylidene) (エタンジイリデン)
>CHCH< (ethane[1,1,2,2]tetrayl) (エタン[1,1,2,2]テトライル)
≡CCH2 (ethane[1,1,1,2]tetrayl) (エタン[1,1,1,2]テトライル)
>C=CH- (ethene[1,1,2]triyl) (エテン[1,1,2]トリイル)
-CH2CH(-)CH2 (propane[1,2,3]triyl) (プロパン[1,2,3]トリイル)
-CH2CH(-)CH(-)CH2 (butane[1,2,3,4]tetrayl) (ブタン[1,2,3,4]テトライル)
=N-N= (diazenediylidene) (ジアゼンジイリデン)

表17. 多価多原子橋

1,3,6-(エタン[1,1,2]トリイル)シクロペンタ[1,2,3-cd]ペンタレンペンタレンcd位にシクロペンタが縮合して1,3,6-(エタン[1,1,2]トリイル)シクロペンタ[1,2,3-cd]ペンタレンが生成されます。

非環式ヘテロ二価橋も接頭辞を用いて命名しますが、二重結合が集積している場合は集積数nを示すδn慣習法が、必要な場合は母体化合物の結合数(非基準原子価)n’を示すλn’慣習法の後に続けて用いられます。なお、下表の(1979)はIUPACの1979年勧告による古い名称です。

二価橋 接頭辞 二価橋 接頭辞
-O- epoxy エポキシ -N=N- diazeno ジアゼノ
-OO- epidioxy エピジオキシ azo(1979) アゾ
-OOO- epitrioxy エピトリオキシ -NHN=N- triaz[1]eno トリアザ[1]エノ
-S- epithio エピチオ azimino(1979) アジミノ
-SS- epidithio エピジチオ -PH- phosphano ホスファノ
-SH2 λ4-sulfano λ4-スルファノ -AsH- arsano アルサノ
-Se- episeleno エピセレノ -SbH- stibano スチバノ
-Te- epitelluro エピテルロ -SiH2 silano シラノ
-NH- epimino エピミノ -GeH2 germano ゲルマノ
-NHNH- diazano ジアザノ -BH- borano ボラノ
biimino(1979) ビイミノ  
※二重結合の開始位置番号は最終的な番号ではありません。

表18. 非環式ヘテロ二価橋

1,4-エポキシナフタレンと5,8-エポキシ-1,3-メタノアントラセン左は1,4-エポキシナフタレン、右は5,8-エポキシ-1,3-メタノアントラセン

8a,4a-(エピミノメタノ)ナフタレンと1,4-エポキシ-5,8-メタノナフタレン左は8a,4a-(エピミノメタノ)ナフタレン、右は1,4-エポキシ-5,8-メタノナフタレン

ベンゼンを除く単環式炭化水素から誘導される二価橋が架橋する場合には炭化水素単環の接頭辞表現(表8. 「マンキュード環系炭化水素単環の接頭辞表現」)を使いますが明示的に区別するため接頭辞の先頭にIUPACではepiエピ、CASではendo-エンドを添え、必要な場合には橋の位置番号にプライムを添え、橋頭と結合する橋の元の位置番号をコンマで区切って角カッコで囲み(三員環では不要)、コンマで区切られた母体側橋頭炭素の位置番号とハイフンの後に続けて接頭辞の先頭に添えます。epiエピについては後に母音が続く場合は末尾のiは脱落しますが、endo-エンドはそのままです。

1H,16H-12,5-[2,3]エピピラノアントラ[3,2-f]イソインドール

1H,16H-12,5-[2,3]エピピラノアントラ[3,2-f]イソインドール

上図はヘテロ環であるピランが架橋したアントラセンがイソインドールのf位に縮合した様子ですが、ピランにもイソインドールにも指示水素が存在するため飽和炭素の最終的な位置番号にイタリック体のHを添えた指示をコンマで繋いで名称先頭に付加します。[2,3]は酸素Oを1位として母体側と結合するピランの当初の炭素位置番号で2(最終的番号は14)、3(最終的番号は19)位を示しています。

合成橋(composite bridge、IUPAC1998以前は複合橋 compound bridge)は2個以上の単純橋接頭辞を組み合わせて命名する方法で、初出の単純基以外のepi-は省略され、丸カッコで囲んで示します。接頭辞は次の基準に従って先頭から順に名称を繋ぎます。a)優先順位の高いヘテロ原子を含む単純橋、すなわちO>S>Se>Te>N>P>As>Sb>Bi>Si>Ge>Sn>Pb>Bの順、b)優先順位(「縮合多環炭化水素」の「基礎成分の優先順位」)の高い環系を含む単純橋で、c)最長の非環式鎖を持つ単純橋で、d)アルファベット順で先に現れる単純橋です。非環式橋成分が内部番号付けを要する場合には、名称の意味する方向に番号を付けます。合成橋の非環式橋成分は他の成分とは末端位を通じて結合するのみで中間の原子価は母体縮合環と結合します。

合成橋 接頭辞
-OCH2 (epoxymethano) (エポキシメタノ)
-NHCH2CH2 (epiminoethano) (エピミノエタノ)
-OCH2CH< (epoxyethane[1,2,2]triyl) (エポキシエタン[1,2,2]トリイル)
-OCH=CHCH2 (epoxyprop[1]eno) (エポキシプロパ[1]エノ)
-OCH2CH=CH- (epoxyprop[2]eno) (エポキシプロパ[2]エノ)
-CH2OCH2 (methanooxymethano) (メタノオキシメタノ)
-CH2OCH= (methanooxymetheno) (メタノオキシメテノ)
-OCH=N- (epoxymethenoazeno) (エポキシメテノアゼノ)
-CH2CH2CH2OCH2 (propanooxymethano) (プロパノオキシメタノ)

表19. 合成橋

環式橋成分に伴う位置番号は結合順に指示します。

スピロ環化合物2
単環式成分のみからなるスピロ環系の名称はスピロ原子の数を示す接頭辞(スピロ、ジスピロなど)と環系の構造を示すvon Baeyer記述子と骨格原子総数に相当するアルカン名から命名されます。一方少なくとも1個の縮合環、架橋縮合環またはvon Baeyer環がスピロ縮合した環系では全体の環系を命名するのにスピロ縮合しているそれぞれの環系の名称に基づきます。二環が1原子のみを共有しているときその原子をスピロ原子と呼びますが、その二環がスピロ原子以外にも結合している場合、そのスピロ原子は自由ではないと表現し、この環系にはスピロ環命名法は用いることはできません。
デカヒドロ-1H-シクロペンタ[c]インデン左は六員環と五員環がオルト縮合したインデンのc位に別な五員環がオルト縮合したデカヒドロ-1H-シクロペンタ[c]インデンですが右上の五員環と六員環は9a位で1個の炭素原子を共有してはいるものの3a位でも結合があるためスピロ原子は自由ではありません。したがってスピロ環命名法を用いることはできません。9aと5a位を両橋頭として架橋化合物として命名することは可能で、その場合トリシクロ[6.4.0.01,5]ドデカンと命名できます。2個の単環が1個の原子を共有してスピロ縮合した化合物をモノスピロ化合物といい、2個の原子を共有したスピロ化合物をジスピロ化合物、3個の原子を共有したスピロ化合物をトリスピロ化合物といい、モノスピロ化合物以外を総称してポリスピロ化合物といいます。モノスピロ化合物の命名は前述のとおりです。分岐のないポリスピロ環系は少なくとも2個以上のスピロ原子を含み、二環とスピロ縮合した環が少なくとも1個以上存在します。位置番号の付け方は短い環のスピロ原子の隣を1位とし、第一のスピロ原子を経由して最後のスピロ原子に進み最後の環を一周したら最後のスピロ原子の隣の原子を経て最初のスピロ原子の1個手前まで番号を付けます。

ジスピロ[4.2.4.2]テトラデカン

ジスピロ[4.2.4.2]テトラデカン

von Baeyer記述子は、5位のスピロ原子に接続する骨格原子数4、5,8位のスピロ原子間の骨格原子数2、8位のスピロ原子に接続する骨格原子数4、8,5位のスピロ原子間の骨格原子数2ですから[4.2.4.2]となり、化合物名はジスピロ[4.2.4.2]テトラデカンになります。スピロ原子が3個以上あるスピロ環では最後のスピロ原子の後の原子数にスピロ原子の位置番号を上付添字で添え、最初のスピロ原子まで続けます。

トリスピロ[2.2.2.29.26.23]ペンタデカン

トリスピロ[2.2.2.29.26.23]ペンタデカン

経路に選択肢があればスピロ原子の位置番号をできるだけ小さくし、なおも選択肢があればvon Baeyer記述子の数字セットが小さくなるものを選びます。

ジスピロ[4.1.5.2]テトラデカンとトリスピロ[2.2.2.29.26.33]ヘキサデカン左はジスピロ[4.1.5.2]テトラデカン、右はトリスピロ[2.2.2.29.26.33]ヘキサデカン

分岐のあるポリスピロ環系は、少なくとも3個以上のスピロ原子を持ち、3個以上の環とスピロ縮合する環が少なくとも1個以上存在します。位置番号の付け方は、折り返しても再会できないスピロ原子が出現する度に上付添字でスピロ原子の位置番号を骨格原子数に添えます。最初のスピロ原子以外は次の骨格原子数にスピロ原子の位置番号を添え、最後の骨格原子数に最初のスピロ原子の位置番号を添えます(下左図)。経路に選択肢があればスピロ原子の位置番号を小さくします(下右図)。

トリスピロ[2.2.26.2.211.23]ペンタデカンとトリスピロ[2.0.24.1.28.13]ウンデカン

左はトリスピロ[2.2.26.2.211.23]ペンタデカン、右はトリスピロ[2.0.24.1.28.13]ウンデカン

ヘテロ原子がある場合には代置命名法により命名します。IUPAC代置命名法は炭化水素のC、CHまたはCH2をヘテロ原子に置き換える命名法であり、ヘテロ原子を表11. 「ヘテロ原子の接頭辞表現と優先順位」の接頭辞表現で表します。慣用名を知らずとも命名できるのがこの命名法の特長といえます。
同一の多環式成分がスピロ縮合した環系はそれぞれのスピロ縮合位置をコンマで区切りハイフンで繋いだ接頭辞spirobi-スピロビを冠して命名します。位置番号は元の環系のものを維持しますが、第二の成分の位置番号にはプライムを付け、成分環の名称は必ず角カッコで囲まなければなりません。成分環の名称の一部である位置番号もすべて(重複する場合でも)角カッコで囲み全体の環系での位置番号(プライム無しとプライム付きの両方)と区別します。指示水素はスピロ縮合の結果生じた飽和原子に対して用います。CASでは付加水素(丸カッコで囲んだ指示水素)で指示します。

1H,1'H-2,2'-スピロビ[ナフタレン]

ナフタレンが2,2’位でスピロ縮合すると1,1’位に指示水素が生じて1H,1′H-2,2′-スピロビ[ナフタレン]が生成されます。

1H,1'H-2,4'-スピロビ[キノリン]と1,1'-スピロビ[インデン]

左は1H,1′H-2,4′-スピロビ[キノリン]、右は1,1′-スピロビ[インデン]

架橋縮合環を成分環とし、元の炭化水素が同一である場合、ヘテロ原子および不飽和結合はspirobi-スピロビ名に対する修飾として扱います。

7,7'-ジアザ-2,2'-スピロビ[ビシクロ[2.2.1]ヘプタン]

7,7′-ジアザ-2,2′-スピロビ[ビシクロ[2.2.1]ヘプタン]

5,6'-ジチア-2,2'-スピロビ[ビシクロ[2.2.2]オクタン]-7,7'-ジエン

5,6′-ジチア-2,2′-スピロビ[ビシクロ[2.2.2]オクタン]-7,7′-ジエン

多環式成分を少なくとも1個持ちながら異なる成分を持つスピロ環は、スピロ原子数を示すspiro-スピロ、dispiro-ジスピロなどの後に角カッコを置き、その中に各成分名称をアルファベット順で並べます。各成分の位置番号には記載順にプライムを増やします(下図左)。IUPACではベンゾフランは1-ベンゾフランと表記するように規定されており、それに準じています。また語尾-eneで表現される不飽和成分を持つスピロ環はスピロ原子の位置番号が対応するスピロ環と同じになるように決定します(右)。

3H,1''H-ジスピロ[1-ベンゾフラン-2,2'-[1,3]ジチオラン-4',2''-キノリン]とスピロ[シクロペンタ-2-エン-1,1'-インデン]

左は3H,1”H-ジスピロ[1-ベンゾフラン-2,2′-[1,3]ジチオラン-4′,2”-キノリン]、右はスピロ[シクロペンタ-2-エン-1,1′-インデン]

3個の環が1個の原子を共有するスピロ環系では原子価は6以上となるためλn表示が必要です。通常、原子は基準原子価(SBN)を取りますが、スピロ原子では基準外原子価を取る場合があり、IUPACではスピロ縮合の位置番号にλn表示を添えます。nは基準外原子価の数を表し、他の原子との結合数に他なりません。3個の成分環がすべて同一の多環系である場合は接頭辞spiroter-スピロテルを用いて命名します。位置番号にはプライムを増やしていくなど命名法はspirobi-スピロビと同様です。

2λ6,2',2''-スピロテル[[1,3,2]ベンゾジオキサチオール]

6,2′,2”-スピロテル[[1,3,2]ベンゾジオキサチオール]

異なる多環式成分を持つ場合は、接頭辞spiro-スピロの後に角カッコを置き、その中に各成分名称をアルファベット順に並べます。位置番号には記載順にプライムを増やしますが、成分環名称ではプライムを付けずに角カッコに入れて示します。プライムがなければそのままハイフンで繋ぎます。3個の成分環のうち2個が同一であればbis-ビス系倍数接頭辞を付けて丸カッコに成分名を入れます。スピロ原子の位置番号はプライム無し位置番号を先頭に置き、λn表示を添えます。最初の同一成分の位置番号と異なる成分の位置番号をコンマで区切って並べ、コロン「:」で二番目の同一成分の位置番号と異なる成分の位置番号をコンマで区切って並べたものと繋ぎます。三環ともに異なる成分である場合には二番目の成分は丸カッコに含めて示します。

2λ6-スピロ[ビス([1,3,2]ベンゾジオキサチオール)-2,2'':2',2''-[1,2,3]ベンゾオキサジチオール]

6-スピロ[ビス([1,3,2]ベンゾジオキサチオール)-2,2”:2′,2”-[1,2,3]ベンゾオキサジチオール]

2λ6-スピロ[1,3,2-ベンゾジオキサチオール-2,2'-([1,2,3]ベンゾオキサジチオール)-2,5''-ジベンゾ[b,d]チオフェン]

6-スピロ[1,3,2-ベンゾジオキサチオール-2,2′-([1,2,3]ベンゾオキサジチオール)-2,5”-ジベンゾ[b,d]チオフェン]

3個の単環式成分に共有されるスピロ原子を持つスピロ環は、分岐のあるスピロアルカンの命名規則に準じて命名します。

1,4,6,9,10,13-ヘキサオキサ-5λ6-チアスピロ[4.45.45]トリデカン

1,4,6,9,10,13-ヘキサオキサ-5λ6-チアスピロ[4.45.45]トリデカン

3λ6-チアスピロ[2.43.53]ドデカン

6-チアスピロ[2.43.53]ドデカン

ヘテロ環の命名規則
●三環が同一成分:n1λn,n2,n3-スピロテル[[ヘテロ位置番号]成分名称]
●ニ環が同一成分:n1λn-スピロ[ビス([ヘテロ位置番号]同一成分名称)-n1,n3:n2,n3-[ヘテロ位置番号]異種成分名称]
●三環が異種成分:n1λn-スピロ[ヘテロ位置番号-第一成分名称-n1,n2([ヘテロ位置番号]第ニ成分名称)-n1,n3[ヘテロ位置番号]第三成分名称]
●三環が同一単環:ヘテロ位置番号-ヘテロ数・種類-n1λn-第二ヘテロ数・種類
●di-ジ系倍数接頭辞スピロ[N1.N2スピロ位置番号.N3スピロ位置番号]アルカン名
●三環が異種単環:最小の環のスピロの隣を1位としヘテロの番号が小さくなるようにしてすべての原子を網羅するよう番号を付ける
※n
1は最小環のヘテロの位置番号、N1は最小環の原子鎖数(スピロ原子は含まない)。

異性体
同じ数、同じ種類の原子を持っているが違う構造をしている物質を異性体といいます。たとえば分子式C4H10Oのブタノールは構造により1-ブタノール2-メチル-1-プロパノールイソブチルアルコール)、2-ブタノールsec-ブチルアルコール)、2-メチル-2-プロパノールtert-ブチルアルコール)の4種類の異性体が存在します。そのうち2-ブタノールは不斉中心を持つため(R)-2-ブタノール(S)-2-ブタノールがあり、全部で5種類の構造異性体が存在します。構造異性体ではある原子の結合場所が異なる位置異性体、炭素鎖の構造が異なる鎖状異性体などがあります。立体配置や立体配座が異なる立体異性体には、cistrans異性体としても知られる幾何異性体、不斉炭素原子を持ち、互いに鏡像関係にある光学異性体などがあります。
幾何異性体は二重結合している置換基が結合軸回りに自由に回転できないことから生じます。ニ重結合で結合している原子それぞれの2個の置換基について、それぞれ順位法則に基づき優先順位の高い置換基を選んだときそれらが二重結合の同じ側にあればZを、異なる側にあればEを用いて表します。二重結合を1個持つ化合物の幾何異性体は丸カッコ「()」にイタリック体のZまたはEを入れてハイフンで化合物名に前置して指示します。順位法則とはある不斉中心に結合している原子または原子団の優先順位を付けるために用いられる法則で開発者の頭文字をとってCIP体系とも呼ばれます。イタリック体のcisおよびtransを二重結合に対して用いるのは、IUPACでは二重結合系に結合している置換基が2個の場合に限り用いられており、たとえばcis-ブタ-2-エンがあります。cistrans異性体二重結合への置換によって生じる場合以外にも環状化合物の環への置換によっても生じます。二重結合への置換による場合には炭素骨格が同じ側(内側)につくとcis、反対側につくとtrans(ただし、炭素-窒素間、窒素-窒素間の二重結合はantisyn)となりますが、環状化合物の環への置換の場合は隣接する炭素が3個である第三級炭素である場合、環から飛び出す置換の向きが環平面に対して同じ側だとシス型、反対側だとトランス型となります。
不斉中心不斉原子ともいいます。)とは、いずれの2つをとっても鏡像関係にない、それぞれ異なる4個の基(原子または原子団)が四面体型に結合している原子をいいます。不斉中心の立体配置は、イタリック体大文字のRおよびSで示します。不斉中心に結合している4個の基を順位法則の優先性の高い順にR1,R2,R3,R4としたとき、R4が不斉中心原子(図では炭素原子C)の後ろに隠れる方向から見て、手前にあるR1,R2,R3をこの順にたどったとき、それが右回りならRとし、左回りならSとします。下図左はS、右はRです。R1とR3を重ね合わせてもR2とR4を重ね合わせることはできず、鏡像関係にあることは自明です。

不斉炭素原子

不斉中心を1個のみ持つ化合物では、(R)または(S)を名称に前置して立体化学を記します。不斉中心を複数持つ化合物の立体配置は次のように表します。IUPACではそれぞれの不斉中心について絶対配置を位置番号と共にRSによって示します。相対配置は、最初に記される不斉中心の配置をRとしたときの配置表示に星印を添える(R*S*)か、名称の前にイタリック体の接頭辞(記号)rel-(relativeの意)を置いて示します。一組の鏡像異性体の等量混合物であるラセミ混合物は、R*とS*の代わりに記号RSSRを用いるか、名称の前にイタリック体の接頭辞(記号)rac-(racemicの意)を置いて示します。CASでは相対配置をR*とS*で表します。最初に記される不斉中心を参照中心といい、絶対配置は、相対配置の表示を丸カッコで囲んだ前に、参照中心の絶対配置を添えて記します。不斉中心が3個以上のときは必要な位置番号を添えます。複数の不斉中心をもつ化合物のラセミ混合物は、1996年までは相対配置に(±)を添えて表示していましたが、1997年からは相対配置のみが知られている化合物と同様に扱うことになっています。

代表的なヘテロ単環の例
代表的なヘテロ単環を、数は多くなりますが、一通り挙げておきましょう。

三員環

左からアジリジン1H-アジリン2H-アジリンオキシランチイラン

四員環左からX=NHのときアゼチジン、X=Oのときオキセタン、X=Sのときチエタン2,3-ジヒドロアゼト、X=Oのとき2H-オキセト、X=Sのとき2H-チエトアゼトアゼチジン-2-オンβ-ラクタム
1,3-ジアゼチジン

1,3-ジアゼチジン

五員環ヘテロ左からX=NHのときピロリジン、X=Oのときテトラヒドロフラン、X=Sのときテトラヒドロチオフェン3-ピロリン2-ピロリン、X=NHのとき1H-ピロール、X=Oのときフラン、X=Sのときチオフェンスルホラン

五員環ヘテロ_2左から2H-ピロール、X=Y=NHのときピラゾリジン、X=O,Y=Sのとき1,2-オキサチオラン、X=Y=NHのときイミダゾリジン、X=Y=Oのとき1,3-ジオキソラン、X=O,Y=Sのとき1,3-オキサチオラン2-ピラゾリン2-イミダゾリン

五員環ヘテロ_3左からX=NH,Y=Nのときピラゾール、X=O,Y=Nのときイソキサゾール、X=S,Y=Nのときイソチアゾール、X=NH,Y=Nのときイミダゾール、X=O,Y=Nのときオキサゾール、X=S,Y=Nのときチアゾール1,2,4-トリアゾール、X=NHのとき1,2,3-トリアゾール、X=Oのとき1,2,3-オキサジアゾールテトラゾール

五員環ヘテロ_4左からX=Oのとき1,2,5-オキサジアゾール、X=Sのとき1,2,5-チアジアゾール1,3,4-チアジアゾールスクシンイミド、X=NHのときヒダントイン、X=Sのとき2,4-チアゾリジンジオン

2-オキサゾリドン

2-オキサゾリドン

六員環ヘテロ_1左からX=NHのときピペリジン、X=Oのときテトラヒドロピラン、X=Sのときチアン、X=Oのとき2H-ピラン、X=Sのとき2H-チオピラン、X=Oのとき4H-ピラン、X=Sのとき4H-チオピラン、X=Nのときピリジン、X=O+のときピリリウム

六員環ヘテロ_2左から1,3-ジチアン、X=NHのときピペラジン、X=Oのとき1,4-ジオキサン、X=Sのとき1,4-ジチアンモルホリンチオモルホリン
1,3,5-トリチアン

1,3,5-トリチアン

六員環ヘテロ_4左から6H-1,2-オキサジン6H-1,3-オキサジン4H-1,2-オキサジン4H-1,3-オキサジン、X=Oのとき1,4-ジオキシン、X=NHのとき4H-1,4-オキサジン

六員環ヘテロ_5左から2H-1,2-オキサジン2H-1,3-オキサジン2H-1,4-オキサジン4H-1,4-チアジン2H-1,2-チアジン

六員環ヘテロ_6左から6H-1,2-チアジン2H-1,4-チアジンピリダジンピリミジンピラジン

六員環ヘテロ_7左から1,2,4-トリアジン1,3,5-トリアジンシトシンチミン

六員環ヘテロ左はウラシル、右はチオモルホリンジオキシド

天然物生体内物質である有機化合物

有機化合物は研究分野では自然界に天然に存在する有機化合物である天然物や生物の体内に存在する有機化合物である生体内物質なども分類されています。

天然物や生体内物質である有機化合物
天然物 油脂化合物(脂肪) 核酸化合物(DNA・RNA)
糖化合物(炭水化物) アルカロイド化合物
ペプチド化合物(タンパク質) ステロイド(テルペン)化合物
生体内物質 酵素 基質 ホルモン ステロイドホルモン
補酵素(ビタミン) ペプチドホルモン
阻害剤(インヒビター) 伝達物質 神経伝達物質
受容体 アゴニスト オータコイド
アンタゴニスト セカンドメッセンジャー物質
抗生物質 海洋天然物

表20. 天然物や生体内物質である有機化合物の分類

油脂化合物(脂肪)
脂肪はグリセリン脂肪酸エステルであり、通常トリグリセリドの形態を取り、一般に常温で液体であるものを「脂肪油」、固体であるものを「脂肪」と呼び分けます(脂肪酸とグリセリンが結合して中性を示すことから「中性脂肪」とも呼ばれます)。グリセリンアルコールの一種であって、アルコール炭化水素の水素原子をヒドロキシ基(水酸基)で置換した化合物の総称です。アルコールについて、結合しているヒドロキシ基の数がn個であるとn価といい、三価アルコールの代表的なものにグリセリンがあります。グリセリンは、食品添加物として甘味料・保存料・保湿剤・増粘安定剤用途、医薬品・化粧品として保湿剤・潤滑剤用途で用いられています。エステルはオキソ酸とアルコールまたはフェノールのようなヒドロキシ基を含む化合物が結合(脱水縮合)した化合物の総称です。エステル結合はエステルに見られるヒドロキシ基と酸の-COO-による結合をいいます。単にエステルという場合にはカルボン酸とアルコールから成るカルボン酸エステルを指します。脂肪を「脂質」と呼ぶ場合がありますが、脂質は正しくは摂食された脂肪から生体内で代謝誘導されたものを指します。生物から分離される脂質には、動物油脂植物油脂、また組成・物性の違いから不飽和脂肪酸(オレイン酸、リノール酸、リノレイン酸のような植物油・魚油や鯨油などの動物油)の多くが常温で液状であるのに対し、飽和脂肪酸(ヤシ油やパーム油などの植物脂・牛脂(ヘット)や豚脂(ラード)、バターなどの動物脂)の多くが固体です。このように動物油を飽和脂肪酸、植物油を不飽和脂肪酸と一概に分類することはできません。脂質の構成成分として利用される脂肪酸は、炭素数2または4以上のカルボキシ基-COOHを1個持つ1価の直鎖カルボン酸であり、1分子のグリセリンと3分子のエステルエステル結合をしている化合物です。単純なカルボン酸にはアリが生合成するギ酸や元来醸造製造される食酢の酸味成分である酢酸があり、これらの他に天然に合成されるものには、レモンに含まれるクエン酸、その果実が食用とされるタマリンドやワイン樽の沈殿に含まれる酒石酸などがあります。炭素数2以上の直鎖カルボン酸を特に生体においては脂肪酸と呼んでいます。脂肪酸は炭素数による分類法では一般に2~4(または6以下)のものを短鎖脂肪酸、炭素数5~10(または8~10)のものを中鎖脂肪酸、炭素数12以上のものを長鎖脂肪酸とする分類などがあります。短鎖脂肪酸と長鎖脂肪酸はそれぞれ低級脂肪酸高級脂肪酸とも呼ばれます。また飽和・不飽和による分類では分岐しない炭化水素の単結合-C-のみから成るものを飽和脂肪酸、分岐しない炭化水素の単結合-C-、二重結合=C-、三重結合≡C-から成るものを不飽和脂肪酸とする分類もあります。幾何異性体(シス-トランス異性体)が存在する場合には二重結合または隣り合う炭素がいずれも第三級炭素(直接結合する別の炭素が3個である炭素)である環への置換において、置換の向きが隣の炭素または環平面と同じ側である場合をシス型(炭素-窒素間、窒素-窒素間の二重結合の場合はanti型)、反対側だとトランス型(〃syn型)といいます。

糖化合物(炭水化物)
近年は糖質化学、分子生物学の影響で「糖質」と呼ばれることも多い炭水化物は、糖または単糖食物繊維(消化酵素で分解されずエネルギー源とはなりにくいものをいいます。)から構成されており、穀物に多く含まれています。主にはコメ(ご飯、餅)、麦(パン、麺類)、芋、果実、砂糖に多く含まれます。糖は、単糖を基礎的なものとして単糖分子の結合度合いにより二糖三糖四糖少糖多糖に区別され、また糖を構成する炭素原子の数により三炭糖(トリオース)、四炭糖(テトラオース)、五炭糖(ペントース)、六炭糖(ヘキソース)、七炭糖(ヘプトース)に区別されます。

ペプチド化合物(タンパク質)
プロテイン」とも呼ばれるタンパク質は主に肉類、魚介類、卵、乳製品、豆類に多く含まれます。タンパク質はアミノ酸が鎖状に多数連結(重合)した高分子化合物ポリマー)です。構成するアミノ酸の数や種類、結合の順序によって種類が異なり、分子量4,000前後のものから数千万、億単位にまで多種類が存在しますが、連結するアミノ酸の個数が少ない場合にはペプチドと呼ばれます。タンパク質は消化の過程で消化酵素によりアミノ酸(遊離アミノ酸)にまで分解された上で吸収され体内で再びタンパク質として構成されます。

アミノ酸
アミノ酸は溶媒中でプラスに荷電するアミノ基-NH2とマイナスに荷電するカルボキシ基-COOHを持ち、天然には500種類ほどのアミノ酸が発見されていますが、ヒトのタンパク質では20種類のアミノ酸から構成されています。アミノ酸にも糖と同じく鏡像体が存在しますが、糖がほとんどD体であるのに対し、生命体のタンパクを構成するアミノ酸はほとんどがL体です。生体内で合成できないアミノ酸は特に必須アミノ酸と呼ばれ、ヒトでは9種類の必須アミノ酸を食事から摂取する必要があります。必須アミノ酸ではないアミノ酸は「可欠アミノ酸」と呼ばれますが、摂取バランスが乱れると代謝異常や欠乏症を起こす場合があります。アミノ酸の定義として広義では、特に化学分野などではアミノ基-NH2とカルボキシ基-COOHの両方の官能基を持つ有機化合物の総称とされるのに対し、狭義には、特に生化学分野を含む一般的な場合などでは生体のタンパク質の構成単位となるα-アミノ酸を指します。

核酸化合物(DNA・RNA)
核酸は、リボ核酸RNA)とデオキシリボ核酸DNA)の総称で、塩基リン酸からなるヌクレオチドがホスホジエステル結合で連なった生体高分子です。糖の部分がリボースであるものがRNA、リボースの2’位の水酸基が水素基に置換された2-デオキシリボースであるものがDNAです。RNAは2’位が水酸基であるため、加水分解を受けることにより、DNAよりも反応性が高く、熱力学的に不安定です。糖の1’位には塩基核酸塩基)が結合しており、さらに糖の3’位と隣の糖の5’位はリン酸エステル構造で結合しており、その結合が繰り返されて長い鎖状になります。転写や翻訳は5’位から3’位への方向へ進みます。なお、糖鎖の両端のうち、5’にリン酸が結合して切れている側のほうを5’末端、反対側を3’末端と呼んで区別します。また、隣り合う核酸上の領域の、5’側を上流、3’側を下流といいます。

核酸の構造
核酸の構造は一次構造から四次構造までが解析されており、一次構造は、(デオキシ)ヌクレオシド成分がホスホジエステル結合によって連続的に連結され、枝分かれのないポリヌクレオチド(ヌクレオチドの重合体。核酸と区別して、20程度の短いものを指すことがあります。)鎖を形成させるような(デオキシ)ヌクレオシド配列です。二次構造は、一本鎖の主にホモポリヌクレオチド(塩基成分が同一のヌクレオチド重合体)の場合には、塩基間の相互作用によって規定されるヌクレオシド成分の空間的配置を指します。2本の相補鎖の場合には、同一の鎖の隣接塩基間の相互作用と、互いに平行している鎖の対向塩基間の水素結合により安定化された規則的な二重螺旋(DNAには三重、四重螺旋も存在します。)を意味します。三次構造は、固定化された二重螺旋とそれ以外のタイプの配列で形成されており、四次構造は、リボソームやヌクレオソームのような核タンパク質と相互作用している高分子の空間的配置を意味しており、特にポリヌクレオチドとポリペプチドの相互依存による高分子構造を指します。

核酸塩基
核酸塩基は核酸(DNA、RNA)を構成する塩基成分で、主なものにアデニングアニンシトシンチミンウラシルがあり、それぞれA,G,C,T,Uと表記されます。構造の骨格からプリン塩基(A、G)とピリミジン塩基(C、T、U)とに分けられます。核酸やヌクレオチドの構成単位(の繰り返し数)として、たとえば、10塩基(1本鎖の場合)または10塩基対(2重鎖の場合)などと便宜的に用いられます。

塩基対における水素結合
DNAの場合、アデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)は水素結合を形成します。AT対が二つの水素結合を形成するのに対し、GC対は三つの水素結合を形成します。そのため、GC含有量が大きい領域では安定性が高まります。一方、RNAは、アデニン(A)とウラシル(U)、グアニン(G)とシトシン(C)で塩基対を形成します。塩基としてチミンではなくウラシルで構成されますが、ウラシルもチミン同様ピリミジン骨格であり、アデニンと塩基対を形成します。ウラシルは、チミンのメチル基が水素基に置換された塩基です。

アルカロイド化合物
アルカロイドとは、窒素原子を含み、ほとんどの場合塩基性を、一部には中性や弱酸性を示す天然由来の有機化合物の総称です。また、似た構造を有する一部の合成化合物もアルカロイドと呼ばれます。アルカロイドは、炭素、水素、窒素の他、酸素や硫黄、その他稀に塩素、臭素、リンといった元素を含むものもあります。アルカロイドは、微生物、真菌、植物、両生類などの動物を含む非常に様々な生物によって生産され、天然物二次代謝産物とも呼ばれます。)の中の一群を成しています。多くのアルカロイドは酸塩基抽出によって粗抽出物から精製でき、多くのアルカロイドは他の生物に対して有毒ですが、しばしば薬理作用を示し、医薬や娯楽のための麻薬として、あるいは幻覚儀式において使用されることがあります。現在、近似種を含め約数千種があるといわれており、古来から抽出されてきましたが、近代的な研究の元祖は、ドイツの薬剤師が1800年代初頭にアヘンから分離抽出したモルヒネであるとされています。アミノ酸、ペプチド、タンパク質、ヌクレオチド、核酸、アミン、抗生物質のような化合物は通常アルカロイドとは呼ばれません。環外の位置に窒素を含む天然化合物(メスカリン、セロトニン、ドパミン等)は、通常アルカロイドではなくアミンと呼ばれますが、一部の研究者はアルカロイドをアミンの特別な場合であると考えています。

アルカロイドの分類
アルカロイドの大半はアミノ基やイミノ基を持っています。他の多くの天然化合物の分類群と比較して、アルカロイドは大きな構造的多様性を持つことが特徴で、アルカロイドに関する統一的な分類は存在しません。最初の分類法は歴史的にアルカロイドを共通の天然資源(たとえば植物種)によって組み合わせてきましたが、より最近の分類は炭素骨格の類似性(たとえばインドール様、イソキノリン様、ピリジン様)あるいは生成前駆体(オルニチン、リジン、チロシン、トリプトファン等)に基づいていますが決定的なものではなく、たとえば、ニコチンのピリジン断片はニコチンアミドに、ピロリジン部位はオルニチンに由来するためどちらの分類群にも割り当てることができます。アルカロイドはしばしば以下の主要な群に分類されます。
真正アルカロイド複素環に窒素を含み、アミノ酸に起源を持ちます。代表例はアトロピン、ニコチン、モルヒネです。この分類群には、窒素複素環に加えてテルペン(例:エボニン)やペプチド(例:エルゴタミン)断片を含むアルカロイドも存在します。また、アミノ酸起源でないにもかかわらず、ピペリジンアルカロイドであるコニインやコニセインもこの分類群に含まれます。
不完全アルカロイド:真正アルカロイドと同様に窒素を含み、アミノ酸に起源を持ちますが、複素環を持ちません。例としてはメスカリン、アドレナリン、エフェドリンがあります。
ポリアミンアルカロイド:プトレシン、スペルミジン、スペルミンの誘導体を指します。
ペプチドおよび環状ペプチドアルカロイド
偽アルカロイド:擬アルカロイド、プソイドアルカロイド(pseudo-alkaloid)とも呼ばれる偽アルカロイドは、窒素源がアミノ酸に由来するのではなく、アンモニア性窒素に由来するアルカロイド様化合物です。この分類群は、テルペン様アルカロイドやステロイド様アルカロイド、カフェイン、テオブロミン、テオフィリンといったプリン様アルカロイドを含みます。一部の研究者はエフェドリンやカチノンといった化合物をアミノ酸であるフェニルアラニンに起源を持ちながらも、窒素原子はアミノ酸からではなくアミノ基転移によって獲得していることから偽アルカロイドに分類しています。

アルカロイドの炭素骨格
一部のアルカロイドは分類群に典型的な炭素骨格を有していません。たとえばガランタミンおよびホモアポルフィン類はイソキノリン断片を含んでいませんが、一般的にイソキノリンアルカロイドとされています。

ステロイド(テルペン)化合物
ステロイドは、天然に存在する化合物またはある化合物の原子または原子団を別の原子または原子団で置換された組成を持つ別の合成された化合物をいいます。シクロペンタヒドロフェナントレンを基本骨格とし、その一部あるいはすべての炭素が水素化されています。通常は10位と13位にメチル基を、また多くの場合17位にアルキル基を有します。天然のステロイドはトリテルペノイド類から生合成される他、共通して、ステロイド核(シクロペンタノペルヒドロフェナントレン核)と呼ばれる、3つのイス型六員環と1つの五員環がつながった構造を持っています。ステロイド骨格そのものは脂溶性で水に不溶ですが、生体物質としてのステロイドは3位がヒドロキシ化されあるいはカルボニル基となったステロール類であり、ステロイドホルモンをはじめ、水溶性の性質も有しています。ステロイドはステラン核と付随する官能基群により特徴付けられるテルペノイド脂質で、核部分は三つのシクロヘキサン環と一つのシクロペンタン環から成る四縮合環炭素構造です。ステロイドはこれらの炭素環に付随する官能基およびその酸化状態により異なったものとなります。何百もの異なるステロイドが植物、動物、菌類で見つかっており、それらすべてのステロイドがそれぞれの細胞においてラノステロール(動物および菌類)またはシクロアルテノール(植物)といったステロールから生成され、これらステロールはいずれもトリテルペンの一種であるスクアレンの環状化により誘導されます。ステロールはステロイドの特殊型であり、3位にヒドロキシ基を有しコレスタンから生成される骨格です。コレステロールは最もよく知られるステロールのひとつです。ステロイドは、ほとんどの生物の生体内で生合成され、中性脂質タンパク質糖類とともに細胞膜の重要な構成成分となっているほか、胆汁に含まれる胆汁酸や生体維持に重要なホルモン類(副腎皮質ホルモンや昆虫の変態ホルモンなど)として、幅広く利用されています。

酵素と基質
酵素とは、生体で起こる化学反応に対して触媒として機能する分子をいい、酵素によって触媒される反応を酵素的反応といいます。酵素は生物が物質を消化する段階から吸収Absorption、分布Distribution、代謝Metabolism、排泄Excretionに至るまでのあらゆる過程-ADMEに関与しており、生体が物質を変化させて利用するのに欠かせないものです。多くの酵素は生体内で作り出されるタンパク質を基にして構成されているため、生体内での生成や分布の特性、熱やpHによって変性して活性を失うといった特性などは、他のタンパク質と同様です。生体を機関に例えると、核酸塩基配列が表すゲノム設計図に相当するのに対して、生体内における酵素組み立て工具に相当します。酵素の特徴である作用する物質-基質を選り好みする性質-基質特異性と目的の反応だけを進行させる性質-反応選択性などによって、生命維持に必要なさまざまな化学変化を起こさせています。古来から人類は発酵という形で酵素を利用してきており、今日では、酵素の利用は食品製造だけにとどまらず、化学工業製品の製造や日用品の機能向上など、広い分野に応用されています。生体の機能をつかさどる関係上、医療分野でも大きく着目されています。消化酵素を配合した消化酵素剤としての利用、疾患により増減する酵素量を検査することでの診断への利用が挙げられます。またほとんどの医薬品は酵素作用を調節することで機能しているなど、酵素は医療に深くかかわっています。生体内での酵素の役割は、生命を構成する有機化合物や無機化合物を取り込み、必要な化学反応を引き起こすことにあります。生命現象は多くの代謝経路を含み、それぞれの代謝経路は多段階の化学反応からなっています。細胞内では、そこで起こるさまざまな化学反応を担当する形で多種多様な酵素がはたらいています。それぞれの酵素は自分の形に合った特定の原料化合物-基質を外から取り込み、担当する化学反応を触媒し、生成物を外へと放出します。そして再び次の反応のために基質を取り込み、目的の物質を生成しつづけます。ここで放出された生成物は、別の化学反応を担当する酵素の作用を受けて、さらに別の生体物質へと代謝されていきます。このような酵素の触媒反応の繰り返しで必要な物質の生成や不必要な物質の分解が進行し、生命活動が維持されていくのです。生体内では化学工業のプラントのように基質と生成物の容器が隔てられているわけではなく、さまざまな物質が渾然一体となって存在しています。しかし、生命現象をつくる代謝経路でいろいろな化合物が無秩序に反応してしまっては生命活動は維持できません。したがって酵素は、生体内の物質の中から作用すべき物質を選び出さなければなりません。また、反応で余分な物質を作り出してしまうと周囲に悪影響を及ぼしかねないので、ある基質に対して起こす反応は決まっていなければなりません。酵素は生体内の化学反応を秩序立てて進めるために、このように高度な基質選択性反応選択性を持っているのです。さらにタンパク質の機能が他の化合物により調整を受けるアロステリック効果阻害などによって化学反応の進行を周りから制御される機構を備えた酵素もあります。それらの選択性や制御性を持つことで、酵素は渾然とした細胞内で必要なときに必要な原料を選択し、目的の生成物だけを産生するのです。このように、細胞よりも小さいスケールで組織的な作用をするのが酵素の役割です。

基質特異性-酵素は作用する物質を選択する能力を持ち、その特性を基質特異性と呼びます。たとえば、あるペプチド分解酵素(ペプチターゼ)を作用させてタンパク質を分解する場合は、特定の部位のペプチド結合を加水分解するため、部位によっては基質として認識せずに全く作用しません。一方、タンパク質を、酵素ではなく酸・塩基触媒で加水分解する場合は、ペプチド結合の任意の箇所に作用します。また、ペプチド分解酵素はペプチド結合だけに反応し、エステル結合やグリコシド結合といった他の結合には作用しませんが、酸・塩基触媒ならばペプチド結合も他の結合も区別することなく分解します。このことは酵素であるタンパク質の立体構造には様々な大きさや形状の窪みが存在し、それはタンパク質のアミノ酸の配列順序である一次配列に応じて決定付けられていることを示しています。酵素は、くぼみに合った基質だけをくぼみの奥に存在する酵素の活性中心へ導くことで、酵素作用を発現するのです。

誘導適合-基質に結合した酵素は、それが結合していない酵素よりもエントロピーが減少すなわち不安定化していると考えられており、事実、基質を結合させた酵素は熱やpHの変化などのあらゆるストレスに対して安定度が増すことが多く見られます。これは酵素の立体構造に変化が起きているからであると考えられています。すなわち、基質が結合すると酵素が触媒反応に適した形状に変化すると考えられているのです。そして酵素の立体構造変化に従い、基質の立体構造も変化し遷移状態へと向かうことになります。その結果、遷移状態に向かう反応の過程がエントロピーの減少とともに促進され、反応の活性化エネルギーを低下させていると考えられています。これらの誘導的な化学反応を生じる考え方を誘導適合と呼ばれています。誘導適合は基質特性を発現する上でも重要ですが、酵素活性発現とも関連し、アロステリック効果などを通じて酵素活性の制御とも関連していると考えられています。

反応特異性-生体内ではある1つの基質に着目しても、作用する酵素が違えば生成物も変わってきます。通常、酵素は1つの化学反応しか触媒しない性質を持ち、これを酵素の反応特異性と呼びます。酵素が反応特異性を持つので、消化酵素などいくつかの例外を除けば、通常1つの酵素は生体内の複雑な代謝経路の1か所だけを担当しています。これは、生体を恒常的に維持するための重要な性質です。まず、ある代謝経路が存在するかどうかは、その代謝経路を担当する固有の酵素が存在するかどうかに左右されるので、その酵素タンパク質を産生する遺伝子の発現によって制御できます。また、代謝産物の1つが過剰になった場合、その代謝経路を担当する固有の酵素の活性にフィードバック阻害が起こるので、過剰な生産が動的に制御されます。酵素はそれぞれに固有の基質と生化学反応を担当しますが、同じ生体内でも組織や細胞の種類が異なると、別種の酵素が同じ基質の同じ生化学反応を担当する場合があり、このような関係の酵素を互いにアイソザイムと呼びます。

EC番号は酵素を体系的に整理・命名する目的で反応形式にしたがってECに続くピリオドで区切られた四組の数で表したもので、最初の数は反応の種類、二番目の数は基質の種類を指定しています。反応の種類は酸化還元酵素オキシドレダクターゼ、転移酵素トランスフェラーゼ、加水分解酵素ヒドロラーゼ、除去付加酵素リアーゼ、異性化酵素イソメラーゼ、合成酵素リガーゼ、エピ化反応酵素エピメラーゼ、分子内転移酵素ムターゼ、ラセミ化反応酵素ラセマーゼ、転位酵素トランスロカーゼまでがEC1.x.x.x~EC7.x.x.xとしてが認められています。

EC番号 系統的分類 EC番号 系統的分類
EC1.x.x.x 酸化還元酵素 EC5.x.x.x 異性化酵素
EC2.x.x.x 転移酵素 EC6.x.x.x 合成酵素
EC3.x.x.x 加水分解酵素 EC7.x.x.x 転位酵素
EC4.x.x.x 除去付加酵素  

表21. 酵素の系統的分類

酵素はタンパク質から構成されますが、タンパク質だけで構成される場合もあれば、非タンパク質性の構成要素(補因子)を含む複合タンパク質である場合もあります。酵素が複合タンパク質である場合、補因子と結合していないと活性が発現しません。このとき、補因子と結合していないタンパク質をアポ酵素、アポ酵素と補因子とが結合した酵素をホロ酵素といいます。補因子の例としては、無機イオン、有機化合物(補酵素)があり、金属含有有機化合物のこともあります。いくつかのビタミンは補酵素であることが知られています。また、酵素を構成するタンパク質鎖(ペプチド鎖)は複数本であったり、複数種類であったりする場合があり、複数本のペプチド鎖から構成される場合、立体構造をもつそれぞれのペプチド鎖をサブユニットと呼びます。強固な結合や共有結合をしている補因子を補欠分子族といい、補欠分子族は有機化合物のこともありますが、酵素から遊離しうる補因子を補欠分子族と区別して補酵素と呼びます。カタラーゼ、P450などの活性中心に存在するヘム鉄などが代表的な補欠分子族です。金属プロテアーゼの亜鉛イオンなど、直接タンパク質と結合していることもあります。生体が要求する微量金属元素は、補欠分子族として酵素に組み込まれていることが多くあります。有機化合物の補因子を補酵素といい、遊離しない場合は補欠分子族です。補酵素は、常時酵素の構造に組み込まれていないが、酵素反応が生じる際に基質と共存することが必要とされます。酵素活性のときに取り込まれ、ホロ酵素を生じさせるため、酵素反応の進行によって基質とともに消費され、典型的な補欠分子族とは異なります。補酵素がアポ酵素と結合する場合はその補酵素をアポ酵素受容体、補酵素がアポ酵素を解離する場合はその補酵素をアポ酵素供与体と呼び、この間に補酵素はアポ酵素を運搬したと表現されます。酵素タンパク質が熱によって変性失活するのに対して、補酵素は比較的耐熱性が高く、かつ透析によって酵素タンパク質から分離することが可能なので、補因子として早い時期からその存在が知られていました。ビタミンあるいはビタミンの代謝物に補酵素となるものが多くあります。NAD、NADP、FMN、FAD、チアミン二リン酸、ピリドキサールリン酸、補酵素A(CoA)、α-リポ酸、葉酸などが代表的な補酵素であり、サプリメントとして健康食品に利用されるものも多くあります。また電子伝達に関する補酵素群は特に電子伝達体と呼んで分類される場合があります。

阻害剤インヒビターとも呼ばれる酵素阻害剤は、酵素分子に結合してその活性を低下または消失させる物質のことをいい、一般に生理活性物質であり、毒性を示すものもありますが、病原体を殺したり、体内の代謝やシグナル伝達などを正常化したりするために医薬品として利用されるものも多くあります。殺虫剤や農薬などに利用される種類もあります。酵素に結合する物質すべてが酵素阻害剤というわけではなく、逆に活性を上昇させる酵素活性化剤もあります。酵素阻害剤の作用には、酵素の基質が活性中心に入って反応が始まることを阻止するもの、あるいは酵素による反応の触媒作用を阻害するものがあります。また酵素に可逆的に結合するすなわち濃度が下がれは解離するものと、酵素分子の特定部分と共有結合を形成して不可逆的に結合するものとに分けられます。さらに阻害剤が酵素分子単独、酵素・基質複合体、またその両方に結合するのかなどによっても分類されます。生体内にある物質が酵素阻害物質になることもあり、たとえば、代謝経路の途中にある酵素では、下流の代謝産物により阻害されるものがあり、これをフィードバック阻害と呼びますが、これは代謝を調節する機構として働いています。さらに、生物体内にあって生理的機能を持つ酵素阻害タンパク質もあります。これらはプロテアーゼやヌクレアーゼなど、生物自身に害を及ぼしうる酵素を厳密に制御する機能を持つものが多く存在します。酵素阻害剤には、基質と同様に酵素に対する特異性がある場合が多くあり、一般に医薬品としての阻害剤では、特異性の高い方が毒性・副作用が少ないとされます。また抗菌薬や殺虫剤に求められる選択毒性を出すためにも高い特異性が必要とされます。
酵素阻害剤の種類-酵素阻害剤には可逆的および不可逆的なものがあり、可逆的阻害剤は作用機序により次のように分類されます:

    • 基質阻害:酵素・基質複合体に結合して反応の進行を妨げます。
    • 競争(拮抗)阻害:基質と同じ部位に競合的に結合して反応開始を妨げます。
    • 非競争(非拮抗)阻害:酵素または酵素・基質複合体の、基質と別の部位に結合して反応の進行を妨げます。
    • 不競争(不拮抗)阻害:酵素・基質複合体のみの基質と別の部位に結合して反応の進行を妨げます。
    • 混合型阻害:これらの分類は反応速度パラメーターを測定することで明らかにできます。

その他の阻害剤-酵素以外の一般のタンパク質に対しても、同様にその機能を阻止する阻害剤があります。これらも医薬品などに応用されます。ホルモンや神経伝達物質など内在性の生理活性物質(リガンド)に対しては、それを特異的に結合するタンパク質である受容体が存在します。受容体に結合することによりリガンドの機能を阻止する拮抗的阻害剤は、特にアンタゴニストまたは遮断薬と呼ばれます。

受容体-アゴニスト
アゴニストは作動薬とも呼ばれ生体内の受容体分子に働いて神経伝達物質やホルモンなどと同様の機能を示す薬のことをいいます。現実に生体内で働いている物質はリガンドと呼んで区別します。持っている作用が生体物質とまったく同一であれば利用する意味がないためアゴニストとされる物質は、生体物質とは少し違った性質を持たされています。多くの場合、それは分子間選択性であったり、標的分子への結合力であったりします。たとえば、中枢神経系における主要な興奮性神経伝達物質としてグルタミン酸がありますが、その受容体は4種類存在し、NMDAはその4種のグルタミン酸受容体のうち、NMDA型グルタミン酸受容体と呼ばれる受容体だけに作用し、残りの3種には作用しません。このような場合、NMDAをNMDA型グルタミン酸受容体に対する選択的アゴニストと呼びます。対義語としてアンタゴニストがあり、これは、同様に受容体に作用しますが、作用する事で受容体の活動を抑制する薬剤のことをいいます。受容体を活性化するアゴニストの中にも、活性化度が生体分子に比べて非常に低く、作用するものの作用があまりにも弱いような薬剤も存在し、このようなアゴニストをパーシャルアゴニスト部分作動薬といいます。パーシャルアゴニストは受容体にプラスに働きながらも、すでにこのパーシャルアゴニストが作用しているために本来のリガンドの結合を阻害してしまい、結果として抑制の方向に働いてしまうことがあり、このように、アゴニストとアンタゴニストの区別は、必ずしも容易ではありません。医療の分野で実際に応用されているパーシャルアゴニストの例としては、

  • βブロッカー:内因性交感神経刺激作用(ISA)をもつものが知られています。内因性カテコールアミンやβ刺激薬といったアゴニスト存在下ではβ遮断薬として働きますが、非存在下においてはむしろ受容体を刺激します。
  • オピオイド:パーシャルアゴニストは弱オピオイドといわれ、依存性がアゴニストに比べて少ないことから、急性期疾患の鎮痛薬としてよく用いられます。アゴニスト使用時はパーシャルアゴニストとしての作用抑制効果が出現するため、併用禁忌とされています。レミフェンタニルの術後疼痛対策で弱オピオイドを用いたり、人工呼吸器下の患者で鎮痛に弱オピオイドを用いて、その鎮痛効果がきれる前に術中鎮痛としてオピオイドを使用するといったことはよくあります。
  • ベンゾジアゼピン系睡眠薬:パーシャルアゴニストが知られています。ゾピクロン(アモバン)やゾルピデム(マイスリー)といった非ベンゾジアゼピン系睡眠薬がこれらに該当します。これらは鎮静作用がほとんどで、抗不安作用、抗けいれん作用、筋弛緩作用は弱くなっています。これらはパーシャルアゴニストと記載する書物も認められますが、どちらかというと選択的アゴニストと考えられます。
  • 抗精神病薬:アリピプラゾール(エビリファイ)やフェンサイクリジン(PCP麻酔)などがドーパミンD2受容体のパーシャルアゴニストです。
  • エストロゲン:ラロキシフェン(エビスタ)はエストロゲン受容体に対するパーシャルアゴニストです。骨代謝ではエストロゲンアゴニスト、骨外ではアンタゴニストとして作用するため、副作用の少ない骨粗鬆症の治療薬として用いられています。

受容体-アンタゴニスト
アゴニストの対義語であり、同様に受容体に作用しますが、作用することで受容体の活動を抑制する薬剤です。アンタゴニストは、拮抗薬、拮抗剤、拮抗物質、遮断薬、ブロッカーとも呼ばれます。

抗生物質
微生物が産生し、ほかの微生物の発育を阻害する物質」と定義される抗生物質は、広義には「微生物が産生」したものを化学修飾したり人工的に合成された抗菌剤、腫瘍細胞のような「ほかの微生物」以外の細胞の増殖や機能を阻害する物質を含めることもあります。通俗的に抗ウイルス薬と混同されることもありますがこれは誤りです。1990年頃には、天然由来の抗生物質は5,000〜6,000種類があるといわれ、約70種類(微量成分を含めると約100種類)が実用に使われています。この他にも半合成抗生物質も80種が利用されています。ただし、抗生物質の乱用も指摘されています。近年では化学合成で生産されるものや、天然の誘導体から半合成されるものもあり、ピリドンカルボン酸系(キノロン系、ニューキノロン系)やサルファ剤など、完全に人工的に合成された抗菌性物質も、一般的に「抗生物質」と呼ばれることが多くありますが、厳密には「合成抗菌薬」と呼ぶのが正しく、抗菌性の抗生物質、合成抗菌薬をあわせて、広義の抗菌薬と呼びます。一方、アクチノマイシンのように、微生物が産生し、「ほかの微生物」のみならず抗腫瘍活性を持つ抗生物質も存在します。抗生物質の分類は、化学構造からの分類と作用による分類の2つがあり、化学構造からの分類では、β-ラクタム系、アミノグリコシド系、マクロライド系、テトラサイクリン系、ペプチド系、核酸系、ポリエン系などに大別されますが、さらに細かくペニシリン系、セフェム系、モノバクタム系を加える場合もあります。作用からの分類では、抗細菌性抗カビ真菌抗腫瘍性などに分けられます。用途を重視する場合は、医療用動物用農業用などで分類されることもあります。作用域から、広範囲・狭域で区分されることもあります。作用機序から、細胞壁作用性などの呼称もあります。作用機序の分類としては、核酸合成阻害薬、細胞壁合成阻害薬、蛋白合成阻害薬に大きく分けられており、核酸合成阻害薬としてはリファンピシン、細胞壁合成阻害薬としてはβ-ラクタム系、ホスホマイシン、バンコマイシンがあり、タンパク合成阻害薬にはテトラサイクリン系、マクロライド系、アミノグリコシド系、クロラムフェニコールがあります。キノロン系やサルファ剤は核酸合成阻害を機序とした合成抗菌薬であり、狭義の抗生物質とは異なります。抗生物質を含む抗菌剤は、細菌が増殖するのに必要な代謝経路に作用することで細菌にのみ選択的に毒性を示す化学物質です。たとえば、β-ラクタム系抗生物質は細菌特有の細胞壁の合成を阻害しますが、人体の細胞に対してはほとんど毒性を示しません。アルコール、ポビドンヨードなどのように、単に化学的な作用で細菌を死滅させる殺菌剤消毒薬とは区別されます。抗生物質の大部分は抗菌薬として使用されます。抗菌薬の投与方法は臨床薬理学の考え方が適用されており、細菌感染症に対する抗生物質の投与は、抗生物質は化学療法剤とは異なるものの、臨床医学的にはまとめて化学療法と呼ばれています。その他、ポリエンマクロライド系抗生物質は真菌の治療に使用されており、癌治療にはマイトマイシンCやブレオマイシン、アドリアマイシン、ドキソルビシンなどの抗生物質が使用されています。またシクロスポリン、タクロリムス、エベロリムスも抗生物質であり、免疫抑制剤として膠原病、自己免疫疾患、移植医療の現場で活躍しています。治療法の開発されていない新興感染症、抗生物質の効力が薄くなるなどした再興感染症などが問題となっている他、抗生物質は病原性を示していない細菌にも作用するため、多量に使用すると体内の常在菌のバランスを崩してしまい、それにより常在菌が極端に減少して他の細菌や真菌(カビ)などが爆発的に繁殖し、病原性を示す場合やさらに、生き残った菌が耐性化する耐性菌の出現も問題となっています。耐性菌問題に関与する組織は、不必要な抗生物質の使用を削減するキャンペーンを行っています。一般市民を対象としたキャンペーンも行われています。抗生物質の臨床ガイドラインは「抗生物質の第一のルールは使わないようにすること、第二のルールは使う種類を多くしすぎないようにすることである」としている団体もあります。日本感染症学会と日本化学療法学会の合同ガイドラインでは、ウイルス性急性気管支炎に対しては、ほかに慢性呼吸器疾患を抱えていない限り抗生物質の投与を原則として推奨していません。家畜においても、薬剤耐性菌リスク軽減のために農林水産省は「責任ある慎重使用」を求めています。疾病との関連では、クロストリジウム・ディフィシル腸炎は、抗生物質の投与等で正常な腸内細菌叢が撹乱されて菌交代症が生ずることで発生すると考えられています。正常腸内細菌叢を掻き乱すことは、Cディフィシル菌に増殖の機会を与えていることになります。つまり、この疾患は抗生物質関連下痢の一つです。Cディフィシル腸炎の発生は、抗生物質であるニューキノロン、セファロスポリン、クリンダマイシンの使用と強く相関しているといわれています。一部の研究者は、日常的な家畜への抗生物質使用がCディフィシル菌などの流行に結び付く危険性があると指摘しています。自閉症児と健康児の腸内細菌を比較するとクロストリジウム属の細菌が平均して10倍程度多い状況が報告されています。乳幼児時に多種多量の抗生物質の投与により腸内細菌の組成が破壊され、クロストリジウム属の増殖とともに自閉症に至った例も紹介されており、この報告では幼い脳にダメージを与えるクロストリジウム属の神経毒素が原因であると指摘しています。

ホルモン
ホルモンは、狭義には生体の外部や内部に起こった情報に対応し、体内において特定の器官で合成・分泌され、血液など体液を通して体内を循環し、別の決まった細胞でその効果を発揮する生理活性物質を指します。ホルモンが伝える情報は生体中の機能を発現させ、恒常性を維持するなど、生物の正常な状態を支え、都合よい状態にする重要な役割を果たします。ホルモン分子の種類は、生物が進化のどのような段階であるか、また同一の個体でも成長段階によって変わります。脊椎動物が持つホルモンの主なものにはペプチド、ポリペプチド、アミン、カテコールアミン、ステロイドなどがあります。生体内の特定の器官の働きを調節するための情報伝達を担う物質であり、栄養分などとは違って、ホルモンの体液中の濃度は非常に微量であるのが特徴です。たとえば、低分子量のホルモンの血液中の濃度は10−6から10−8 mol/L、ポリペプチドホルモンで10−9から10−12 mol/L程度と低濃度です。ホルモンの分泌形式を内分泌系または液体調整系と呼びます。これは、ホルモンの分泌は体内(体液中)であることから、汗など体外(消化管等の管腔を含む)に分泌される外分泌と対比する呼び方です。ホルモンを分泌する器官を内分泌器官と呼びます。ホルモンが生成される部位は数多くあり、脊髄動物の場合、神経の情報を受けて視床下部・下垂体・副腎髄質などで、細胞の状態から情報を受けて性腺・副腎皮質・甲状腺濾胞細胞・心臓などで、栄養情報から消化管・膵臓・甲状腺濾胞傍細胞・副甲状腺などで作られます。これらのホルモンの貯蔵方式も様々です。分泌されたホルモンは体液を通じて運ばれますが、甲状腺ホルモンはある種のタンパク質と結合した状態で輸送されます。ホルモンが作用を発揮する器官をホルモンの標的器官、実際に作用を起こす細胞をホルモン標的細胞と呼び、ここには、ホルモン分子に特異的に結合するタンパク質であるホルモン・レセプターとも呼ばれるホルモン受容体が存在します。受容体がホルモンと結合することが、その器官でホルモンの作用が発揮される第一段階となります。標的器官が非常に低濃度のホルモンに鋭敏に反応するのは、このホルモン受容体タンパク質が、ホルモン分子とだけ強く結合する性質が基本となっています。ホルモンによって行われる、ある器官の機能の調節のことを、体液循環を介した調節であることから液性調節と呼びます。液性調節は、神経伝達物質を介した神経性調節に比べて、時空間的には厳密なコントロールができない一方、遠く離れた器官に大きな影響を与えることができるコストのかからない調節であるといえます。また、アドレナリンなど液性調節と神経性調節の両方でシグナル伝達に介在する物質もあります。ただしホルモンは神経伝達物質などと物質が共通しているものが多くあり、また神経伝達物質も必ずしもシナプス内だけで働くものではなく、そのため、神経伝達物質や細胞増殖因子とホルモンを特に区別しない場合もあります。実際に、ホルモンは他の情報系や標的細胞の様々な要因と密接に関連しながら作用を及ぼします。

ホルモン-ステロイドホルモン
ステロイドホルモンは脂溶性のホルモンで、ペプチドホルモンなどに対しステロイドホルモンでは貯蔵例が発見されていません。ステロイドホルモンや甲状腺ホルモンといった脂溶性ホルモンはそのまま細胞膜を通過することができ、細胞内(核内)に存在する受容体と結合することにより複合体となって遺伝子情報に制御を加える働きを持ち、特定遺伝子の活動を活発にしたり、mRNAの生成を促したりします。ステロイドホルモンは脊椎動物や節足動物などに作用するホルモンであり、脊椎動物のステロイドホルモンは結合する受容体により以下のように分類することができます。

    • 副腎皮質ホルモン
    • アルドステロン(鉱質コルチコイド)
    • 糖質コルチコイド
    • アンドロゲン(男性ホルモン)
    • 性ホルモン
    • エストロゲン
    • 黄体ホルモン他

ビタミンD誘導体はホルモン様受容体に結合するホルモン系に関係しますが、化学構造的にはステロイドというよりはステロールに属します。炎症性疾患の治療のために用いられる、いわゆる「ステロイド」は、ステロイドホルモンを配合した薬品「ステロイド剤」のことであり、多くの場合は糖質コルチコイドおよびその改変型が用いられます。また、スポーツなどでその投与がドーピング問題として取り上げられることがある「ステロイド」とは、ステロイドホルモンと同様か、あるいはそれより強力なホルモン作用を持つ人工的に合成されたステロイドであり、アルドステロンやアンドロゲンが用いられます。外用剤は皮膚炎の治療にも使用されます。天然型ステロイドホルモンは一般に生殖腺や副腎においてコレステロールから合成され、それらのホルモン分子の構造は脂質であり、それらは細胞膜に達すると容易に内部に通過し細胞核へ到達します。肝臓で解毒を行う酵素として知られるシトクロムP450は、ステロイドホルモンの生合成に関与しています。ステロイドやステロールは脂質に溶解するので血液から標的細胞の細胞膜やその中の細胞質へとほぼ自由に拡散することができます。したがってステロイドホルモンもその誘導体も細胞膜を通過することができ、細胞内にある受容体と結合します。これはペプチドホルモンが極性の為に細胞膜を通過できず、細胞膜上の受容体と結合してシグナル伝達を行うのと対照的です。細胞質中ではステロイドは酵素が関与する還元、ヒドロキシ化、芳香化などの変換を受けたり、そのままであったりします。そして細胞質中でステロイドは特異的な受容体と結合します。ステロイドとステロイド受容体との結合は多くの場合は二量体を形成します。2つの受容体サブユニットが互いに結合してDNAに結合する機能を持つユニットが形成され、それは細胞核に入ることができます。ホルモンシステムのいくつかは熱ショックタンパク質に関連した受容体(分子シャペロン)であることが知られています。ホルモンが核内に入り込むと、ステロイド-受容体基質複合体は特定のDNA配列と結合し、標的遺伝子の転写を誘導します。ステロイドホルモンは血液中では一般に特定の輸送タンパク質と結合しています。性ホルモンやコルチコイドはグロブリンと結合しています。さらなる構造変換や異化は肝臓や周辺組織あるいはホルモンの標的組織で行われます。また、組織に広く分布するために血液や組織液中に滞留している時間が長く、その結果、水溶性のものに比べ持続性の長い応答に関わる傾向が見られます。ステロイドホルモンは、その機能から、タンパク同化ホルモンも含む性ホルモン、糖質コルチコイド、鉱質コルチコイドなどに分類されますが、多義的な作用を持つことがほとんどであり、すなわち、糖質コルチコイドであっても鉱質コルチコイドのような塩類代謝作用を微弱ながらも持っており、機能による分類は一応の目安に過ぎません。また、ステロイドホルモンはみな、生体のエネルギー利用を助ける方向に作用し、血糖値の上昇、水分の保持、気分の高揚などの作用を持ちます。このため、副腎皮質の機能不全や、副腎皮質を制御する下垂体の機能不全でステロイドホルモンが不足すると、全身の倦怠感などが出現します。いわゆる環境ホルモン内分泌撹乱物質)は、ステロイドホルモンの受容体と結合し転写を阻害、または不適切なときに促進し生体に悪影響を及ぼすことが多くあります。さまざまな合成ステロイド合成ステロールが創り出されており、その多くはステロイド化合物ですが、似た分子形状のためにステロイド受容体に作用しうる非ステロイド分子も含まれます。受容体作用の点でいくつかの合成ステロイドは天然型ステロイドよりも弱い作用しか持ちませんが、あるものは天然型以上に強いものもあります。ステロイドホルモン、あるいは合成ステロイドは医薬品としても用いられます。最も著名なステロイド剤で日常的によく使用されているのが、グルココルチコイド系のステロイドホルモン「副腎皮質ホルモン」およびその合成アナログです。グルココルチコイド系ステロイドはリンパ球の走化を抑え、炎症を強力に抑制するなど、広く生体環境の恒常作用を有します。部位特異的に作用する薬剤とは異なり、遺伝子に直接的に作用して効果をもたらし、幅広い様々な病態改善に使用されます。気管支喘息、アトピー性皮膚炎を代表とするアレルギー疾患をはじめ、膠原病、多発性硬化症など自己免疫疾患に対する治療薬として利用されるほか、悪性リンパ腫に対して著効を示します。一方で、感染症を併発している病態での使用はその感染源である細菌等の生体浸潤を助長するおそれがあるほか、特に重大疾患においては非常に効果が高い反面で重篤なものを含む多彩な副作用も認められており、その使用には慎重を要する薬剤の一つでもあります。抗炎症薬として使用されているものには、抗炎症活性を高め、かつ本来の血糖値制御などのホルモン活性を低める目的で修飾基を改変されたプレドニゾロン、デキサメサゾンなどもあります。ステロイド内服薬・ステロイド外用薬・吸入ステロイド・点滴・座薬・点眼薬などの形態が存在します。医師による処方薬のみならず、一般に販売される市販薬にも含まれているものもあります。筋肉増強剤に使用されるステロイドはアナボリックステロイド(タンパク同化ステロイド)とも呼ばれます。

ホルモン-ペプチドホルモン
ペプチドホルモンは水溶性のホルモンであり、数多くのペプチドは無脊椎動物・脊椎動物双方に見られ、構造の相関性を持つものも多くあります。ペプチドホルモンやアミンホルモンは貯蔵例が見られないステロイドホルモンとは異なり分泌顆粒の中に蓄えられ、甲状腺が分泌するホルモンはタンパク質の形で維持されます。ペプチドホルモンやアミンといった水溶性ホルモンは細胞膜上のレセプターと呼ばれる受容体で受容され、細胞膜の構造や機能を変化させたり、生成させたセカンドメッセンジャーを細胞内部に浸透させて働きを起こします。ペプチドホルモンは、血流へ分泌され、内分泌機能を持っているペプチド類です。他のタンパク質のように、細胞の核内のDNAの鋳型から作られるmRNAの鋳型によって、ペプチドホルモンはアミノ酸を組み合わせて作られます。次に、プレ・プロホルモンとも呼ばれるペプチドホルモン先駆体はいくつかの段階で処理され、通常、小胞体では、N末端シグナル配列の取り外しや時に糖鎖付加が行われて、プロホルモンが結果として生成されます。N末端とはペプチド配列を書くときに左端に書かれるアミノ基のNH2のことで、NH2末端、アミノ末端、アミン末端などとも呼ばれます。N末端シグナル配列とは、NH2の1個のHと置換されるシグナル配列をいいます。これらのプロホルモンはしばしば活性型の形状へホルモン分子を直接折り畳むことの指示に必要な余計なアミノ酸残基を含んでいますが、ホルモンは自ら折り畳む機能は持っていません。それが血流に放出される直前に細胞の中の特定のエンドペプチダーゼはプロホルモンを分割して、分子の成熟したホルモン型を生成し、成熟したペプチドホルモンは血液を通し体の細胞のすべてに拡散、それらの標的細胞の表面で固有の受容体と相互作用を行います。代表的なペプチドホルモンとして以下のものが挙げられます:

■視床下部・脳下垂体ホルモン
 ●バソプレッシン(抗利尿ホルモン)
 ●オキシトシン
 ●成長ホルモン
■膵臓ホルモン
 ●インスリン
 ●グルカゴン
■消化器系(胃・十二指腸)ホルモン
 ●ガストリン
 ●コレシストキニン
 ●セクレチン
■循環器系(心臓)・泌尿器系(腎臓)ほか
 ●心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)
 ●心房性ナトリウム利尿因子(ANF)

多くの神経伝達物質が、ペプチドホルモンと同様に分泌され、放出されます。そして、血液に放出されるとホルモンとして機能することに加え、いくつかのペプチドが神経伝達物質として神経系で使用されている可能性があります。

伝達物質-神経伝達物質
神経伝達物質とは、シナプスで情報伝達を介在する物質をいいます。シナプス前細胞に神経伝達物質の合成系があり、シナプス後細胞に神経伝達物質の受容体があります。神経伝達物質は放出後に不活性化します。シナプス後細胞に影響する亜鉛イオン一酸化窒素は広義の神経伝達物質といえます。ホルモンも細胞間伝達物質で開口放出され受容体に結合します。神経伝達物質は局所的に作用し、ホルモンは循環器系等を通じ大局的に作用します。アゴニストアンタゴニストも神経伝達物質と同様の作用をします。神経伝達物質はシナプス前細胞の細胞体で合成され、細胞輸送によって運ばれるか、または細胞外から吸収され、前シナプス終末にあるシナプス小胞に貯蔵されます。前シナプス終末に活動電位が到達すると神経伝達物質はシナプス間隙に放出されます。神経伝達物質はシナプス間隙に放出されると、拡散によって広がり、後シナプス細胞の細胞膜上にある受容体と結びついて活性化されます。受容体がイオンチャネル型の場合そのイオンチャネルが開き、受容体が代謝型であればその後いくつかの段階を経てイオンチャネルを開かせ、後シナプス細胞に脱分極ないし過分極を生じさせます。放出後は速やかに酵素によって不活性化されるか、または前シナプス終末に再吸収され、一部は再びシナプス小胞に貯蔵され再利用されますが、元のシナプス小胞に戻るのではなく別のシナプス小胞に充填されます。神経伝達物質は以下の3つに分類されます:

  • アミノ酸:グルタミン酸、γ-アミノ酪酸、アスパラギン酸、グリシンなど
  • ペプチド類:バソプレシン、ソマトスタチン、ニューロテンシンなど
  • モノアミン類:ノルアドレナリン・ドパミン・セロトニンおよびアセチルコリン

その他一酸化窒素一酸化炭素などの気体分子も神経伝達物質様の作用を示します。主な神経伝達物質の名称は下表のとおりです:

伝達物質の分類 伝達物質の分類
アミノ酸
●アスパラギン酸
●グルタミン酸Glu
●γ-アミノ酪酸GABA
●グリシンGly
神経ペプチド Y
●N-アセチルアスパラチルグルタミン酸NAAG
●神経ペプチド Y NY
●膵ペプチドPP
●ペプチドYY PYY
アセチルコリン
●アセチルコリンACh
オピオイド
●副腎皮質刺激ホルモン
●ベータリポトロピン
●ダイノルフィン
●エンドルフィン
●エンケファリン
●ロイモルフィン
モノアミン類:フェニルアラニン、チロシンよりカテコールアミンを経て合成
●ドーパミンDA
  ◆ノルアドレナリンNAd
  ・アドレナリンAd
●オクトパミン
●チラミン
●フェネチルアミンPEA
●フェニルエタノールアミンPEOH
セクレチン類
●セクレチン
●モチリン
●グルカゴン
●血管作動性腸管ペプチドVIP
●下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ペプチドPACAP
●成長ホルモン放出因子GRF
トリプトファンから合成
●セロトニン5-hydroxytryptamine、5-HT
  ◆メラトニンMel、セロトニンより誘導されますがモノアミンではありません
ソマトスタチン
●ソマトスタチン
ヒスチジンから合成
●ヒスタミンH
タキキニン類
●ニューロキニン A
●ニューロキニン B
●ニューロペプチド A
●ガンマニューロペプチド
●P物質
ポリペプチド類神経ペプチド類):以下にはペプチドホルモンと共通するものが含まれます
●ボンベジン
●ガストリン放出ペプチドGRP
●ニューロテンシン
●ガラニン
●カルシトニン遺伝子関連ペプチドCGRP
その他
●一酸化窒素NO
●一酸化炭素CO
●アグマチン
●アナンダミド
●ジメチルトリプタミン
●アデノシン
●アデノシン三リン酸ATP
  ◆アデノシン二リン酸ADP
●マグネシウム
●タウリン
ガストリン類
●ガストリン
●コレシストキニン
 
CCKNeurohypophyseal類
●バソプレッシン
●オキシトシン
●ニューロフィジン I
●ニューロフィジン II
 

表22. 伝達物質の種類

伝達物質-オータコイド
オータコイドとは、動物体内で産生され微量で生理・薬理作用を示す生理活性物質のうち、特定の器官で分泌され体液で輸送されて他の器官に作用するホルモンおよびシナプスでの情報伝達に関与する神経伝達物質以外のものの総称です。オータコイドは、身体に異常が生じたとき、それに対処するように動員され、オータコイドが動員されること自体で新たな病態を生じることがあります。 次のようなものが知られています:

  • ヒスタミン
  • セロトニン
  • エイコサノイド(プロスタグランジンなど)
  • アンジオテンシン
  • ブラジキニン
  • エンドセリン
  • 一酸化窒素NO

また、細胞から分泌され免疫応答や増殖など各細胞の機能に作用するサイトカインを含めることもあります。オータコイドは局所ホルモンとも呼ばれ、比較的局所にのみ働く傾向がありますが、ホルモン神経伝達物質と厳密に区別されるものではありません。アンジオテンシンやブラジキニンはホルモン的遠隔作用も持っています。またセロトニンは神経伝達物質としても働くことが知られています。機能としては炎症・アレルギー反応(ヒスタミン、エイコサノイド)や骨格筋や心筋などの平滑筋への刺激(セロトニン、アンジオテンシン、ブラジキニン、NO)などがあります。物質としてはアミン(ヒスタミン、セロトニン)、脂肪酸由来物質(エイコサノイド)、ペプチド(アンジオテンシン、ブラジキニン、エンドセリン)、ガス状物質(一酸化窒素NO)に分けられます。一酸化窒素NOは細胞内におけるセカンドメッセンジャーであるとともに、隣接する細胞にも容易に拡散してオータコイドとして働きます。ヒスタミンやセロトニンなどは細胞内に貯蔵されており、刺激に応じて神経伝達物質と同様細胞外に放出されますが、その他のものは刺激に応じて合成されます。

伝達物質-セカンドメッセンジャー物質
細胞内において情報伝達物質が受容体に結合すると新たに別の情報伝達物質が作られ、これが細胞の代謝や変化に影響を及ぼしますが、この二次的に産生される情報伝達物質のことをセカンドメッセンジャーまたは二次情報伝達物質、二次メッセンジャーと呼び、例としては以下のものが挙げられます:

  • カルシウムイオン
  • サイクリックAMP
  • サイクリックGMP
  • イノシトールトリスリン酸
  • ジアシルグリセロール
  • 一酸化窒素NO

海洋天然物
海洋天然物の利用は19世紀以前から行われてきました。ロイヤルパープル(古代紫)と呼ばれるアクキガイの鰓下腺から得られる色素や肝油から得られるビタミンD、マッコウクジラなどの油脂から得られる鯨油、ロウが知られており、紅藻マクリ(海人草)の駆虫成分であるα-カイニン酸は海洋生物由来の生薬として中薬大辞典にも記載されています。海洋天然物化学は1969年の軟体サンゴからのプロスタグランジンの発見で幕開けしたといわれています。主に研究されてきた海洋生物資源には褐藻や紅藻などの海藻類と海綿、ホヤ、軟体サンゴ、アメフラシなどの海洋無脊椎動物があります。海洋天然物とその誘導体は医薬、農薬として利用されています。海洋天然物を基にして化学合成された農薬としては、イソメの毒(ネライストキシン)を基に合成された害虫駆除薬パダンがあり、海洋生物からの抽出物が利用されているものとしてはマナマコの抽出液を利用したホロトキシンA、B(サポニン成分を利用)や市販の水虫治療薬、軟体サンゴの一種であるヤギ類の抽出液に含まれる抗炎症作用を示すテルペン配糖体を配合したスキンケアクリーム、イトマキヒトデの抽出液に含まれる抗炎症作用を持ち、肌荒れ改善・予防効果を示すポリヒドロキシステロイド、ステロイドサポニン(ペクチニオシド類)を配合したスキンケアクリームがあります。薬剤となった海洋天然物と合成誘導体の例としては、海綿由来のスポンゴチミジンとスポンゴウリジンから得られたアラビノースを基にしたアラ-C抗がん剤やアラ-C抗ウイルス剤、ハリコンドリンBを基にした抗がん剤エリブリン、イモガイの毒由来の鎮痛剤ジコノタイド(ω-コノトキシンMVII)、ホヤ由来の抗がん剤ヨンデリス(エクテネサイジン743)などがあります。

生物種 化合物 対象 臨床試験段階
海綿動物 エリブリン がん 認可
イモガイ ジコノタイド 疼痛 認可
ホヤ エクテネサイジン743 がん 認可
海綿動物 KRN7000 がん II
ウミウシ カハラライドF がん II
ホヤ アプリジン がん II
サメ スクアラミン がん II
フグ テトロドトキシン 疼痛など II
海洋放線菌 サリノスポラミドA がん I

表23. 臨床試験に入った主な海洋天然物と合成誘導体

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